私の家にはテレビがありません。
数年前までは持っていましたが、
見たいと思えるコンテンツがなくなったので思い切って手放しました。
ラジオも聴かないので情報ソースはインターネットのみになっています。

テレビを見なくなって気づいたことが二つあります。

一つ目は、自分の考えが他人の意見に引きずられてしまいがちだということ。
他人の考えや印象を鵜呑みにしてしまい、
自分で深く考えるということをしてきませんでした。
そのため、他人の意見を聞くたびに自分の考えがコロコロ変わってしまい、
AかBかの判断を迫られたときに決断することができず、
思い切って決断すると結構それが全くの的外れで、
それが原因で自分の意見に自信を無くして決断ができなくなるという悪循環に陥っていました。
まだこの悪循環を断ち切ることはできていません。
他人から否定的な意見を受けることに耐性をつけることが、一つのカギになるのではと考えています。

二つ目は、「正しさ」は発信する人間の立場によっていくらでも変わるということ。
一つの物事には大抵、ポジティブな表現とネガティブな表現があります。
同様に一つの情報も切り口によって印象が全く変わってしまいます。
テレビを見ていたころは、テレビで放映される切り口のみで情報を判断していましたが、
自分の情報ソースからテレビを切り離したことで、
自分の切り口で情報を判断したいと思えるようになりました。
そう思う中で気づいたのが、
「正しさ」や「正義」という言葉は自身を正当化するための飾りでしかないということです。
現在進行形で起きている戦争一つとっても、互いに「自分が正義」だと思い、相手を「悪」とみなしています。
言う人間の立場によって「正しさ」が違うなら、じゃあ「正しさ」って何なのよ、と。

情報ソースをインターネット一つに絞ってしまったことで、
自分が見たい切り口の情報しか見なくなるという弊害も多少は出てきています。
だから今は、事実を中立の立場で発信してくれる情報ソースを探しつつ、
一つの情報に対してできるだけ多くの記事を読むように心がけています。
それを進める中で自分の考えを一つ持つことができて、
自分の意見に対して批判的な意見を持つ人とも議論できるようになれば、
自分に自信を持つことができるかなと考えています。

だから私は情報に対して、「正しさ」ではなく「事実」を求めます。

去年の10月に四国で乗り鉄をしたときに撮った写真です。
撮った直後にカメラの液晶画面に出たのは上の写真。なんだか黄色っぽくなってます。
おかしいなと思い撮り直すと、今度は青みがかったり赤みがかったりでどうにも安定しません。
その時は、焦点が合ったところの色に引かれているのかなぁと思い、自分の腕のせいにしていました。

が、しかし。

年が明けて別のところで撮った風景写真でも同じことが発生。
さすがに変だと修理に出したところ、
「設定が『クロスプロセス』になっているので仕様です」とのこと。
カメラが戻ってきてから色々調べると出てきたのが「カスタムイメージ」という機能。
撮るたびに意図的に赤、青、黄の色調の写真にしてくれるという迷惑な機能をセットしていました。

そんな設定にした覚えはないんですが、かな~り恥ずかしい。

気を取り直してRAWファイルを編集し、取り戻したのが下の写真。
うまく撮れたと思っていただけに、回復してよかったです。

撮影練習の目的で1月下旬に上野動物園へ行きました。
これはその時にとった一枚です。
ちなみに愛機はPENTAX K-3。レンズはPENTAX DA 50mm F1.8の単焦点レンズ。
シャッター速度1/200sec、絞りF4.0で他はフルオートにしました。
観客が多かったのでいいポジションが取れなかったというのもありますが、構図に納得できないうえにガラスに映った子供のジャンパーのピンク色が入り込んでしまっているので、自分の中では失敗作です。
この日は連続撮影モードで700枚近く撮りましたが、納得できた写真は数枚でした。
単焦点レンズで動物を撮るのはなかなかハードルが高いです。
あと、撮影の腕を上げるためにはただ枚数を撮ればいいというわけではないということも実感しました。