こんにちは☀️こんばんは🌙
Be ray代表のRENAです!!

さてさて私の中でもBe rayでのSNSスケジュールが定着してきましたと…。
毎週水曜日、木曜日になると「今週の美談麗談、なにを書こうか…。」と悩むんですね。
ただ、Be rayのブログだし…(一応)、ただ、私が発信しているブログだしな~と考えた結果…

Be rayの事にも関わりつつ、私が思ったこと考えたこと、私だからこそ発信できること、代表だからこそ思う事考える事、発信できる事等いろんなことを書ければいいかなという結果にたどり着きました笑

というわけで今後何を書こうか迷うことはなくなるはずです。うん。はず…。


で、今日何を出そう?って考えた時に最近思っていることについて少し書いてみようかなと。
この話、実はずっと書きたかった話にはなるんですけど、なんといっても賛否両論あるような内容なんですね。タブー視されているというか。
だから少し避けていたというか。ただ、この際、思い切って書いてみます。

それは「いじめ」についてなんですね。

先に言っておきます。この言葉やこの言葉によって嫌な思い出がフラッシュバックしてしまう人はこの先のご視聴をお控えください。





単刀直入に言います。
私は「いじめ」に遭っていました。
小学校・中学校・高校と。

別に最終的に悲しいことを言いたいんじゃありません。
可愛そうだったアピールをしているわけでもありません。
これはあくまでも序盤です。今の私が出来たと言っても過言ではない、全ての「事」の始まりです。

ここまで読んでくれた人は「なんでこいつこんなこと急に言ってんだよ」と思うかもしれません。
その理由。
それは私がいじめられていたという「過去の事実」と「現実の事実」に良くも悪くもギャップを感じているから。

過去の私は小学校・中学校・高校といじめられてきた人生。辛かった。
いまの私は大学生という肩書きとBe rayの代表という肩書きがある。楽しい。

この「差」に私はギャップを感じたわけです。

「いじめ」ってどうしてもマイナスなイメージですよね。うん。間違いないです。
私が受けた「いじめ」は、拳くらいある石を思い切り投げられたり、わざと転ばされたり、クラス一体になって笑われたり、陰口叩かれたり、物を壊されたり、大事なものを捨てられたり、SNS上で悪口言われたり。
いろんなことがありました。高校の時が一番傷ついたな~

今日は今でも一番記憶に残っている高校時代のいじめについて少し。

高校の時に私がいじめられた理由。
私は高校で4個の部活に所属していました。
4個?って驚かれる方も勿論いらっしゃいます。

いわゆる「兼部」というやつです。4兼部。
部活は「華道部」「茶道部」「書道部」「放送部」の4つに所属していました。
その中でも放送部は「いじめ」が理由で高校1年生の6月からの途中入部でした。

高校時代は学校内で新しい友達が出来たり、新しく入った先生に話したりするとほぼ100%驚かれましたね笑
というよりも、自分で言うのもなんですが驚かない人を見たことがないくらいだったんです。
それだけ4兼部というものが「レア」だったわけです。

きっとこれだけ兼部をしている人は、私の母校はもちろん、他の学校でもなかなかいないでしょう。
もちろん、これだけ兼部をしていて、それに加えて趣味で華道や書道、その他の活動をしているわけですから忙しかったんですよね。
そんな生活でしたので周りからは「多忙JK」と認知いただきました笑

学校内でもレアなこと、他の学校を探してもなかなかそういう人がいないこと、人から驚かれること、周りよりも忙しいスケジュールのこと、そしてそれに対して「すごいね」って言われること。

 この全てが私の中で自分の「誇り」そして、「強み」だと思っていました。

今の私でもそれは変わっていません。
Be ray代表としている自分、忙しくしている自分、そのすべてが私の強み、誇りだと思っています。

でも、レアってとても目立つんです。
その言葉通り目立ちます。

この地球上でもレアな人って目立つ存在なのに、集団行動が求められる高校という組織では尚更。
 
ゲームでも「レア」ってキラキラ輝いていて目立つでしょ?
それと一緒です。

でも私はそんな良い目立ち方ではなかった。
そして、舞台はその中にある1つのクラス。

決して不良だったとか、素行が悪かったとかではありません。
兼部して、忙しそうな姿が知らぬ知らぬ間に目立っちゃってたんです。

学校で授業中に答えを言うと、周りでクスクス笑われる。
クラスの出し物の提案をしても周りでクスクス笑われる。
出し物で劇をやることになり、台本を作れば壊され、捨てられる。
SNSでは某アプリのストーリー機能を使い、悪口を書き込む。
私のやることなすことに周りからの冷ややかな笑いが付き纏っていました。

そんなようなことがありました。
もちろん、全ての人がいじめを加担していたわけではありません。
それはわかってる。
わかってるけど、でも、学生特有の数グループに分かれている環境で、全グループに1人は加担している人がいた為、私には関係ない人まで加担していると思い込んでしまっていました。

沢山泣いたし、沢山怒った。
時にはいなくなりたいとも思った。

私はあのクラスに1人でいること自体が耐えられなく、お昼もそこそこ、トイレに逃げ込むことも何度もありました。
トイレでYouTubeを見たり、お弁当を食べたり、、、。
お昼の時間をクラスで過ごさないための逃げ場でした。

その時、お昼の放送と出会ったんですね、
直感で思いました。「あ、これだ」って

そこからの行動は早かったです。
すぐに放送部に入部して、お昼休みの逃げ場は「トイレ」から「放送室」に変わりました。
随分と格が上がりましたね笑

放送部に入部しても勿論「いじめ」はなくなりませんでしたけど、すこし楽にはなりました。
最高な逃げ場があったから。

そんなこんなと「いじめ」というものから逃げれたのか逃げれてないのかよくわからない生活を送っていたわけですけれども、その過去を忘れたわけではないんです。

今でも何か新しい事をしようとすると、過去の事がよぎります。
周りにはそうは見せていないけれど。
「こんな私がこんな大きいことを、そして表に出るようなことをしていいのかな」とかね。
そんな風に悪くギャップを感じるときもあれば、
「いじめられていた私といまの私は違う。」っていう風に良いギャップを感じるときもある。

でも、今の私があるのは「いじめ」があったから。
自分が「いじめ」を受けたことで、自分がこういう行動を取ったらこの子はどう思うんだろうか、とか考えられるようになれました。

私をいじめてくれた人達、感謝します。
どうもありがとう。





今、世界には何人の人がいるのでしょうか。
今、日本には何人の人がいるのでしょうか。

さっき調べてみました。

今、世界には約75億9469万人の人がいます。
今、日本には約1億2550万人の人がいます。

「1秒に4.5人が生まれ、1.8人が亡くなる」
こう言われています。

果たして世界の中で、約75億9469万人の中で何人の人が「いじめ」に遭っていたのでしょうか。
果たして日本の中で、約1億2550万人の中で何人の人が「いじめ」に遭っていたのでしょうか。

少なくとも私はその1人です。
でも私だけじゃない。

「いじめ」ってなんで起きてるんでしょうね、そう考える人がいるだけでも日本のそして世界の落ち度だと考えています。


もうやめましょうよ。
誹謗中傷も、いじめも。

得することないですよ。

私は私の事をいじめてきた人達よりも楽しい人生、幸せな人生、いい人生を歩むと決めています。

あいつらなんかに負けてたまるか。
それも今の原動力の1つです。

「いじめ」が私を変えました。

だから決して私はすごい人間でもない。
ただいじめられて悔しいだけ。

元々いじめられていて、何もできなかった私がここまで沢山の仲間に囲まれて、Be ray代表として様々な活動が出来ています。
「いじめ」を肯定しているわけではありません。
でも、いじめられた人って最強なんだよ。

今、「いじめ」を受けている人へ。
そして過去に「いじめ」を受けていた人へ。

大丈夫。あなたは最強。
少なくともあなたをいじめたあいつよりもあなたは強い。
一緒にあいつらよりもいい人生送ろう。
自分がどう変わるかだよ。

その悔しさをばねにして。
さて次はどう輝いてやろうか。