『愛されていて幸せ。』
そう思うことがあっても
じゃぁ愛って何かと定義を
問われるとすごく迷ってしまう。
好きって気持ち?
その人のことを気にする気持ち?
大切に想うこと?
自分よりも大事にできること?
まぁ色々考えたけど、
アーティストでもなきゃ
作家でもないから
結局ぴったりの言葉は
見つからないわけで。
ただ感性として、
愛されている、愛している
って感じることができれば
いいのかなって思ったりして。
そんな感性が自分の愛している人と
限りなく近しいものであれば
なおいいのかなって思ったりして。
だってそうでしょ、自分が
身を削って愛した結果が
愛する人からしたらただの恋心だと
言われたらなんだかもうどこに
この気持ちをぶつけたらいいのって
やり場のない気持ちになるもん
なんでこんなこと思ったかって、
…Facebookで昔関わった大人から
メッセージをもらったんです。
しかも私が幸せな…ってか
まぁただの日常に少しだけ
自分の考えていることを文として
上乗せしてした投稿に
全く関係のない2人が。
でもその2人がわたしの人生の
人格の、人間の、優しさの、
愛情の形成に十分すぎるほど
深く関わっていた2人だったので
言葉にできない感動に涙が
でそうになったんです。
2人は私の変化や成長に
気づいてくれたのかな。
抱いている感情は違えど
きっと何か接触を図るに値する
きっかけがあったんだろう。
『私は愛されてる。』
そう感じました。
この2人と過ごした時間は
私にとって幸せで私自身
2人を大好きで大好きで。
それはもう子供ながらに
「あぁ、この人に懐いてるな」
と思うものだったんです。
両親の関係は芳しいものではなく、
私はいわゆるファザコンになると
自分を心配していたのですが
この人たちから父親のような
愛をもらった気がしています。
時に厳しく、時に優しく
な〜んて言葉卒業式の担任にしか
言わないと思っていたんですけど笑
本当にそれでした。
何も言わずにあなたのもとを去り、
罪悪感から連絡を取れずにいた
私を叱ってくれたらいいのに、
無視してくれたらいいのに、
気にかけてくれるなんて
もったいないくらい嬉しい。
嬉しくて嬉しくて本当に
泣きそうになるんです。
そのくらい好きな人なんです。
他にも中3のときの担任、
初めてのバイトでのオーナー、
マネージャー…etc
私が成人を迎えるまでに
関わってきた大人は
みんな私を愛してくれた。
同じように私は愛とか
優しさを返せてるだろうか…
見返りを求められているとは
思わないけど、やっぱりどこかで
恩返ししたいと思う。
私が大人として社会に返していく
ことにしようかな、それはまだ未定。
とりあえずありがとう。
たくさんのありがとう。
あなたたちの愛がなければ
今の私はもっと捻くれていて、
厭世的で、自己中心的で
ろくな人間ではなかったと思う。
(今でもろくなもんじゃないけどね)
数えきれない、計り知れない
愛をありがとう。
わたしも洋次郎と同じように
好きな言葉は[好き]だな。
今はこの気持ちを忘れたくなくて、
ちょっと書き残したくて。
でもリアルのSNSは恥ずかしいから
アメーバに失礼しました。
あ、忘れてたわけじゃないけど
常日頃私に愛をくれるのは
やっぱり彼氏です、ありがとう。
もう彼氏って言うのやめよかな、
相棒にしようかな、いつもありがと。
寝よ。