「とにかく、不成立にしても、本人の意思確認はしなきゃなりませんから」


と言って、本人を連れてくるよう弁護士に言いました。


やれやれ…こんなつもりじゃなかったんだけどな…


弁護士に連れられて、相手方である夫が部屋に入ってきます。


「お待たせしました。わたしはジェイと言います。」と自己紹介します。


申立人から出された申立書などを見ながら事情を確認します。


やはり、弁護士が言うように、夫も離婚の意思は固いようです。


「争点は親権と聞きましたが…」と尋ねると、夫は頷きました。そして「でも、向こうが言う養育費やら慰謝料やら、そういった金の話をひっこめてくれるなら、親権はいいんです」


「親権はいいんです…ってことは、おたくがみている上のお子さんも奥さんに引き渡すってことですか?」


「はい」


あっさりと夫が答え、弁護士は隣で勝利の貧乏揺すりをはじめました。 あー 鬱陶しいなぁ…


「わかりました」


ま、家事調停にいきなり入って、そうそうウマい調停なんか、できっこないかもな…腹を決めることにします。


申立人も、相手方の提案を呑むようなら、ここで話をまとめるか…呑まないなら…不成立で、ちゃんと訴訟に持ち込んでもらおう…ところで、その人事訴訟は、誰の担当なんだろう? 所長はそこまで言ってくれなかったなー


なんて考えながら

「じゃ、申立人にも、最終的な意思確認をします。また別室でお待ちください。もう、すぐ終わりますからね。」

と言うと、弁護士はこっちを見もせずに「さ」と相手方を促し、立ち上がりました。


ふん さっさと帰りやがれ


入れ替わりに、調停委員が申立人を連れて入ってきました。


相手方の提案を伝えます…申立人の顔色が変わりました。


「ええっ? それって、おかしくありませんか? だって、子どもの親権をこっちにくれるからって、お金は払わなくてよくなるなんてこと、認められるんですか?!」


うーん そりゃ、そうですなぁ


「あの人、本気でそんなこと言っているんでしょうか?」


うーん


「信じられない。それに、お金がないわけじゃないはずだし。」


うーん


「それなら…」


それなら?


「それなら、上の子の親権は、あたし、要りません」


……は? 


「もういいです。」


もういいですって…ええと…


「だって、子ども2人みなきゃいけないのにお金もらえないなんて、どうしろって言うんですか。やっていけるわけないです。子ども1人でも手いっぱいなんです。」



「上の子の親権は、要りません。」申立人は言下に言い放ちました。


うーーーーん

これって、相手方の提案を…呑まなかったってことになるのかな…いや、えっと…呑んだのか? ん?

さっき腹を決めたはずが、もうわからなくなっています。

なんなんだもうー こんなつもりじゃなかったのに…


調停委員がため息をつきました。

申立人は、そのため息が、理不尽な相手方の言い分について調停委員がため息をついてくれたものだと思ったようで、一緒にため息をつきました。


それは、違う。違うんだ。