その少年は、ちょっとした万引きで捕まって、在宅事件で家裁の審判を受けました。
審判には、母親と来ました。
母親は、独身で、スナックを経営しながら、少年と2人で暮らしていました。
スナックは、深夜まで営業しており、おまけに母親には彼氏がいて、店を閉めてもすぐには帰宅しないのです。
少年の自宅は、不良仲間の溜まり場になっていました。
「お母さんから見て、息子さんが万引きするようになった原因は何だと考えてますか?」
母親に質問しました。
母親は「あら」と言って考える顔をし、おもむろに身の上話をしだしました。
少年の父親との生活がうまくいかなかった話…
なんとか店を開いて少年と生活するようになった話…
応援してくれた男性と結婚できるかと思ったら、ヒドイ男だったという話…
借金を返すのが大変だが、今の男性が応援してくれているという話…
どうして自分は男性との関係が長続きしないんだろうという話…
明らかに、何を聞かれているのか忘れている様子でした。
ふと、こっちの顔を見て「いやだ」と言いました。「こんなことまで話しちゃって…でも母親がこうだからって、子どもの処分は別問題ですよね?」にこやかに母親が問いかけました。
「あのね…お母さん」
ちょっと二の句が継げません。
「ええとですね…子どもさんの処分を考えるに当たって、親御さんにどのくらいしっかり面倒みてもらえるかは大事なことなんですよ…」
母親はきょとんとした顔をしました。
「だから、親御さんがどういった生活をしているかも、子どもさんの処分に影響します」
母親は、ニッコリ笑いながら、肩をすくめて「やれやれ」というジェスチャーをしました。そして
「そんなこと…ほかの子どもさんの事件でも同じですか?」
と言いました。「もちろん」と答えようとすると、
「だって本人の問題じゃありませんか」
と言ってアハハハハと笑いました。
息子さんが夜に出歩いて万引きするようだったら困ります、監督するのはお母さん以外いないんです、お店のことも大変だと思いますがちゃんと考えてあげてください…と言う間、お母さんは目を合わせず、薄笑いのまま黙ってました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
半年後、またその少年は在宅で送致されてきました。
今度は窃盗した原付の無免許運転です。
審判には、母親も来てくれました。
今度は、わたしと口論になりました。
母親は、非行は本人の問題である、母親が夜に家にいようがいまいが本人の更生とは無関係であるし、まして処分を決めるに当たって考慮されるのはおかしい…と言いました。そして
「だいたい、なんでわたしが裁判所に呼ばれなきゃいけないんですか」
と言ってきました。
ふふん
まあね…店も忙しいでしょうから…
と心の内で呟きましたが、さすがに声には出しませんでした。
その代わり、愚直に前回と全く同じ説明をしました。息子さんの面倒をみるのはあなたしかいませんよ…と声を大にして言いました。
被害者からみたら、親が「子ども本人次第だから」なんて言っても通用しませんよ。
これから、どうやって息子さんを監督するか、ここで約束してください。
そう言って、どんどん迫りました。
迫ったところで、この事案、不処分なんですけどね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この母親、変わったところと言えば、笑わなくなったところです。
口論になりましたからね。
肩をすくめて「やれやれ」のジェスチャーはありませんでした。
ところで、当の少年…とうとう原付の無免許運転で逮捕されて、身柄付きで送致されてしまいました。
もう1回、審判しなければなりません。