手持ちの仕事のうち、比較的でかいのがひとつ片付いたので、なんともいえない開放感にひたっています。
あー いい気分かも。
忙しくしていると、なぜかもっと忙しくさせるような仕事が舞い込むことがよくあります。
特に、少年事件をかけもちで担当していたりすると、途方にくれることがあります。
「なにこれ?」
「今日の観護措置の記録です。」
「え? 今日観護措置あったんだっけ?」
「昨日お話ししたじゃないですか。」
「でも、もうこれから民事の証拠調べが入ってて…タイミング悪いなぁ」
「身柄はまだ検察庁ですよ。何時頃に観護措置の手続をしますか?」
「何時頃って…証拠調べがおわってからですよ~記録も読まなきゃ…」
「お待ちします。」
書記官は、そう言って送致されたばかりの事件の記録を机の上に置きました。
薄いな…そう思って、ふと少年の氏名を見てしまって「あ!」と声を出してしまいます。
「ま、またあいつか…」
で、観護措置手続です。
「名前は知っているけど」と前置きして「名前はなんといいますか?」と尋ねました。
在宅で何回か係属して、身柄でも審判して、今は保護観察中の少年です。
黙秘権を告知して、被疑事実を読み上げ、間違いないのか尋ねました。
「間違いはぁ…ありません…けど…」
少年は歯切れわるく答えました。
「間違いはないの?」 「はい」
「あのねぇ…」声がちょっと大きくなってしまいました。「詳しいことはまた後日の審判で聞くけど、とりあえず間違いないなら今ひとつ聞いておきたいんだけどね…」
「はい」
「きみは、前回の事件、おぼえてる?」
「 …はい」
「前回コンビニでいっぱい万引きしたでしょう?」
「 … 」
「○○君や○○君と一緒だったねぇ?」
「はい」
今回の事件は、その○○君や○○君と一緒にやった原付の無免許運転でした。みんなで暴走族を結成している…と前々から少年は供述していました。○○君や○○君は、少年にとって地元の先輩なのです。コンビニでの万引きも、公園で酒盛りをする先輩のためにしたのでした。今回の無免許運転は、ホントは原付数台で蛇行運転したりしていたようなんですが、職質でつかまったのは少年ひとりで、後の連中はさっさと逃げています。
「前回の審判では、どんな約束したか、覚えてますか?」
「 … 」
「いくつ約束しましたか?」
「 … 」
「今回の事件の時は、また○○君に呼び出されたわけ?」
「えっと…呼び出されたってゆーか…電話で………」
「あ、そう。で、一緒に走り回ったわけ?」
「 … 」
「でね、聞きたいのはね、それでまたこうやって審判廷で会うことになっちゃったんだけど、どこで間違えて、こうなっちゃったんだと思う?」
「 … 」
「いつ、どうしていれば、ここに来ないですんだだろう?」
「 …意思を…強くもって…断ればよかったです…」
「なにを?」
「○○先輩の電話…」
「あーそう。それまでは自分の生活ぶりに間違っていたところはなかったわけ?」
「 … 」
「夜遊びはしてなかったかな?」
「してました」
「それは君にとって間違ってはないの?」
「 … 」
「じゃ、もう1回聞くよ~。どこで間違って、また家裁に来ることになっちゃったと思いますか?」
「夜遊び…」
「あ、そう。じゃ夜遊びで聞くけど、夜遊びはしないって、前回の審判で約束しなかった?」
「 … 」
「夜遊びをやめて、どうするはずだったかな?」
「 … 」
「答えられない? あのね…今日の裁判官の質問、自分で考えてみて、うまく答えられている?」
「答えられてません」
「どうして答えられないんだろう? 意味がわからないか?」
「いいえ…」
「あ、そう。そこでね、今日の手続は、とりあえず、裁判官が読み上げた事実は間違いありませんって君が言ったと、そこまで記録に残しておくから。あとのうまく答えられなかったところは、記録しない。あとのところは、なし!」
「 … 」
「でね、後日、審判でもー1回聞くから。同じ質問するから。」
「 … 」
「その時、なんて裁判官に答えればいいか、鑑別所で考えてきなさい」
「はい」
「せっかく審判を受けて保護観察になったのに、また家裁に来ることになってしまった原因…どこで間違ったか…どうしていればよかったか…いい?」
「はい」
「じゃ、今、君に今日の記録の内容を確認してもらう…」
書記官が「裁判官に読み上げられた事実は間違いありません」と調書を読み上げて、少年に「これでいい?」と聞きました。
「いや~ジェイさんがもうここで審判しちゃうのかと思ってびっくりしましたよ」書記官が裁判官室に来ていいました。
「え? だって頭きたから」
「あ~こりゃ調書とるんだと思って一生懸命手控えとってたんですよ、そうしたら少年に全部ナシ!だって…ガクッですよガクッ」
同室の裁判官が聞いていたらしく「ははは」と笑いました。
「だって今日はまだ観護措置じゃん…」
「さっきですね、ジェイさん…」書記官がニヤリと笑いました。「今日の押送の人、東署の係長だったんですけどね」
「あ…そう」
「係長がですね、さっきぼくに『裁判官、うまくなりましたね』って言ってましたよ」
「うまくなった?」
「『裁判官、ここに来たときは形だけの手続だったけど、うまくなりましたよね~』って」
「ああ…さっきの観護措置、ドアの向こうで聞いてやがったんだ…声が大きかったかなぁ」
「それでですね、さっきの少年とは別に、××って少年、いたじゃないですか」
「えっ? ××? あぁ…××? 試験観察でしょう? でも連絡がないって先日調査官が言ってたやつだ」
「そうなんですよ! 『話は違うけど××って今どうしてるんですか?』って係長が…」
「そんなこと東署に関係ないじゃん」
「いや、それがですね、『××、家出してないでしょうね?』って…『もしそうだったら緊急同行状で自分らにやらせてください』って、そんなこと言うんですよ」
「ええっ!!!」
「びっくりでしょ?」
「自分らにやらせてください??」
「そう!!」
「警察が??」
前に、緊急同行状を執行されなかったままだったときと比べて、ずいぶん話のトーンが違うじゃないですか!
自分らにやらせてください?
ほんとに?
ほんとにほんとに??
それがほんとなら…前向きに考えますよ…そりゃ…ってこれと同じセリフどっかの首相が最近ニュースで言ってましたか?