少年事件を担当していたころ、一緒に仕事をしていた書記官が春に配置換えで家事に移ってしまったことがありました。
「あ…○○書記官」
「あージェイさん」
「この春で少年から家事に移って、どうですか?」
「どうって…まだ全然仕事がわかんないっす」
「まだ4月に入ったばかりだからねぇ…新しく少年に来た△△書記官は、どんな感じ?」
「あの人、地裁の民事訟廷から来ましたからね…ぼく以上にわかんないって困っているんだと思いますが、まだあんまり話をしてません」
「ま、隣に○○さんが居るんだから安心ですね」
「そうそう…ジェイさん、少年××の緊急同行状、東署からまだ何の音沙汰もないですね」
「そうなんですよ、あれ、もう2回更新したでしょう?」
「東署、見つけられないんでしょうか」
「その件も、△△さんに引き継いでおいてくださいね…」
「はい」
「ひそかに気になるんだけど…」
「なんですか?」
「緊急同行状って…いきなり執行してくれって言われた警察からみて、どう見えるんだろう?」
「警察からみて?」
「そう…うちが発付した緊急同行状なんて、警察からみたら…その…いきなりふってわいたような仕事で…要するに面倒なんじゃないかなぁ…」
「だって、ちゃんとあの時に東署の係長と電話で話しましたよ」
「でも…実際、令状持って外に出ていくのは係長じゃないんでしょう?」
「ははは」○○書記官は笑いました。「あの人、結構、外にも出るみたいですよ。それに、少年だって捕まりたくないから大っぴらに出てきやしないんですよ~」
それはそうなんですが…
なにかが足りない気がする…なんだろう? いいのか、これで…
そうこうするうちに、日が経って、△△書記官に声をかけられました。
「あの~裁判官」
「はい」
「少年××のことですが…」
「あ、ああー…○○さんから緊急同行状のこと、聞きましたか?」
「…聞きました。聞きましたが、緊急同行状のことはまだよくわからないのですぐに勉強します」
えっと…じゃあ何の話?と聞く前に、目の前に記録が差し出されました。
「少年××が身柄の新件で来ました」
「え?」
「上席裁判官が今日の観護措置の当番で、もう身柄とったそうです。東署の事件だとか…」
「 … 」
記録をみると、確かに、今やっている試験観察の事件とはまったく別の、新しい事件で××君が送致されてました。
これは、試験観察中の再非行ということになります。
そうか、確かに、試験観察中に家出してしまって、事実上、試験観察ができなくなっている状況で、再非行があった場合、その再非行について捜査がなされて家裁に送致される…ということは、物理的にあり得る…それが緊急同行状を出していた少年であっても、新しい事件について捜査がなされて、身柄が送られてくるだけか…
試験観察中に少年がその枠組みから外れてしまったら…すぐにまた新しい問題を起こす蓋然性は高いだろうなぁ…
そうしたら、その事件で捜査されて、どうせ家裁に送られてくるだけ…か…
緊急同行状…執行されなかったんだ…
「てへっ」笑ってしまいました。△△書記官に、緊急同行状が何かすぐに勉強してもらう必要なんか、ないのでした。
あとは、緊急同行状を東署から返してもらうだけです。
緊急同行状は、まるで逮捕状のように、家裁にとって便利で強力なアイテムじゃん!…と思っていました。
しかし…実際に執行されなかった。
まぁ、そういうことはあり得るんだから仕方がない。
ん~?
割り切れない気持ちがだんだん形になってきます。
わたしが東署に出した緊急同行状は執行されないまま、1回、2回と更新された。
その間、少年は見つかってないということだった。
その間、少年は東署の管内で新しい事件を起こした。
その新しい事件について、新しい逮捕状が発付され、少年が見つかり、新しい逮捕状が執行された…あるいは、その新しい事件について、
まず少年が見つかり
それから新しい逮捕状が発付され、執行された。
わたしが東署に出した緊急同行状は、まだ東署にある。
やっぱり面倒だったのか? 緊急同行状なんか、もともと出す必要なかったのか?
わかりそうな気がするんだけど…
もし、今度、試験観察中の少年が家出した場合、緊急同行状をだすにはどうするのがいいのか…わかりそうな気がするんだけど…
ええと~…
ええと~…