June それぞれ
短くて、簡潔で、わかりやすい、好きな言葉に、「No action, No change」という言葉があります。
よく見るフレーズなので、ご存知だとは思いますが、直訳でつまり、「何も行動しなければ、何も変わらない」ということです。近い言葉だと「虎穴に入らずんば虎子を得ず」「Nothing ventured, nothing gained」という感じでしょうか。
時々、何か降ってくるように、この''No action, No change''という文字列(風にひらめく旗に書いてあることが多い)が頭の中をぐるぐるーっとよぎることがあって、そういう時は自分が変わりたがっているのか、誰かからの変わるべきだよ、何か変えるべきだよというメッセージなのかな、とか思って、何かアクションを起こしてみます。事の大小関わらずに。
この前、原宿を歩いていて、ふと入った洋服屋で、あぁ、おれ、こんな色の洋服着たらちょっと見えるものも変わるかも、とか思って、 普段全然着ないような色のTシャツを買ってみたりしました。(今そのシャツ、すごーく気に入っている)
そういった感情や感覚の変化の為のちょっとしたアクションはわりかしよくするほうで、例えばおうちに帰る駅からの通り道も何通りもあって、日によって通る道を微妙に変えたりします。とか、違う駅で降りてブラブラ夜中に歩いて帰ったりもします。最近は夜風が気持ちいいので、調子がいい時は渋谷から歩いて帰る時もあります。シラフでも結構楽しいんですよ。
———それで、
前置きが長くなってしまったのですが、その、「変化」というのは行動の前後にどうしても「選択」を迫られることが多くてですね、、『進むべき道を選択するって大変だよねぇ』、という話です。
毎日まいにち、僕もあなたも大小何かしらの選択をしていると思う。
考えてたことは、うまくいえませんが、何かを選ぶということは本当はすごく可能性が広がることなはずなのに、でもやっぱり、二者択一の選択は、それをすることで他のひとつの可能性というのは消えてしまうわけで、それがなんつうか、やるせないというか、苦渋の決断というか、なかなかスパッと切れないことってやっぱ人にはあるぜ、と思う。マジ選べねえ、と。
でも、それでこそが「選ぶ」ってことだし、やっぱ運命だし、そんなこと言ってばっかりだと、何もかも選ぶことができなくて、ちーっとも前へ進めません。そう、だから選択には勇気と行動力が必要で、体力と精神力を使うものなのです。そういう時、正直、疲れますよね。
世の中のほとんどの人は結果しか見ないから、話していても、「だから何?」「結論は?」みたいな急ぐ人が多いのですが、でも、やっぱり思うんですよ。結果も大事だけど、それに到達するまでの考え方とか、道筋みたいなものがもっと大事なことなんじゃないの?と。(だからそれを考えられること、つまり、相談って楽しいじゃん!) 後々になって、効いてくるのは、選択の結果よりも、どうやってそこに至ったかみたいな過程だったりするわけで、、、(あれ? オレ、いますげーフツーなこと言ってるかも?)、何をどう選んでもそれを言い訳にしなければいいのかな、って。
重要なのはどの道を選ぶかではなくて、選んだ道で何をするか?、と主張する人もいます。英語で逃げると、''Be happy where you are''(いまいる場所で、幸せをつかもう。幸せはどこか遠い海の彼方にあるわけではない。今、ここで幸せになれない人は、どこへ行っても幸せにはなれないよ)と
か、''Stay playful''(人生を楽しもう!、常に朗らかであること。人生は楽しくなくてはね!)みたいな。とか、雑誌に載ってて流行ってる売れてる服よりも、自分にサイズ合った服着ようぜ、みたいな。
そうだよなぁ、と思う、わかる、よく、わかる、でも、どんだけ考えても、正解なんてないのだけれど、やっぱ一番最後にそういうこと言いたいですね、少なくとも今はそんな気分よ。
時には慎重になって全然いいと思う。なるべきだし、大事なことなのさ。就職(今まわりにそんな人あんまりいないと思うけど)とかに関わらず、今、何かひとつの大事な結論出そうとしている人、もしくはもう既に出しちゃった人がいたら、結論出した後に、もう一回疑ってみよう、ぐらいの用心深さはあってもいいと思うんですよ。
20代というのはきっと運動会のリレーのようなもので、かけっこのようにヨーイドン!といっせいに走り出すのではなく、走り続けている前の人からのバトンを加速しながら受け取るような、そんなイメージだと思うから。(小・中学生の頃、意外にも僕は足が速かった)
何でもいいんですけど、例えば恋愛だってこの人と別れて、あの人と付き合おうとか、うまく説明して言えないことが多いけど、そういう結論を出すまでに考えたことって、どうなったって結果よりもすごく自分の成長につながったりするし、学ぶこと多いじゃないすか?
目の前で起こっていることも大事だが、頭の中で起こっていることも大事なのですよ、、きっと。(少なくとも僕はそう思う)
人が曖昧な気持ちになったり、悩んだりするのは、生きてる証拠だと思う。こないだオペラ見てて思った。
、、、とは、言いつつも今僕に迫られている選択(就職どうする?)には期限があるので、何らかの形で結論を出すことになります。ってか、決めたので出します。
こういう本当に悩んでた時、気の利いたこと言ってくれる仲のいい奴がいるのですが、感謝しています。みんな、好き。
で、僕は実際自分自身が悩みの渦中にいて思ったのですが、周りはこうすれば?、ああすれば?、と、色んなこと言うのですが、言われて一番嬉しいのは、元気というかトキメキが出るのは、「どうなっても、いつまでも、なかこーじの味方だぜ」的な意見で、これは現実問題、全然助けになっていないのですが、でも、すげー助けになっていて、信じられている感じがして、ほっと安心します。言葉がきれいで、青い空のように真っすぐなイメージ。
ナンダカンダいって人は結局自分のこと決めるのは自分なわけで、どうしたいかはほんとは自分ではわかっているはずだし、きっと答えは出ていて、それは心の中ですね。本当は知ってんだよ、自分は。
でも、「なかこーじが感じるままにしなよ」、とか、「落ち着いて何度も声に出してみてごらん」、みたいなことを言われると、どんな状況でも笑っていられる気がするというか、魅かれていきます、正直言うと。ってか、ホント単純なんですよ、僕は。(ってかお前ら、口だけじゃなくて、いざ本当に困った時に、マジで助けてくれよって思うけど)
だから、これから何か悩んだり困ってる人に出会ったら、そういうアドバイスの仕方をしようと思って。そして、口だけじゃなくて、できることで応援しようって。
そんな感じです。
困ったときはお互い様ってわけで。
最後に、最近感じた「変化」についての話。
この間、ゴミの前の日、冷蔵庫の中を整理していたのですが、最近すげー暑いし、家事をサボってたから、色々腐ってたんですね。(ダメだねー、おれ) で、ゴミ袋に入れながら、それがすごく不思議なことのように思いました。
どうしてこんな「変なもの」になるのだろうって。
元々はおいしかったものなのに、食べ物はいつか腐って気持ち悪い見た目とにおいになる。
でも、ものが腐るのは、ひとつの変化にすぎない。
生卵が目玉焼きになるのも変化だし、ブドウが発酵していい香りの美味しいワインになるのも変化だし、野菜と肉を煮て煮物になるのも変化だし、、食べ物が腐ってしまうのも同じ変化なのに、人はそれをいいにおいと感じたり、いやなにおいと感じたりする。
変化にも、いい変化と、悪い変化があるってことなんだね。
食べ物ってほんと不思議。
これから出す結論が、いい変化になりますように。
さあて、
''No action, No change''
演じるというのは英語で''Act''。
もうすぐ、泣いても笑っても「大人」というお芝居の幕が開いてしまうのです。
今日の1曲:High And Dry/RadioheadとHappy People/R. Kelly