between the sparkling time

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僕は小さい頃、修学旅行や遠足などの団体行動が苦手で、本当に嫌でしょうがない子供だったんです。
でも大人になった今は、休日にちょっとアクティブになって遠足的なことをするのが大好きになった。
まあそれぞれに事情があって中々難しいのでしょうが、何人か知らない友だち同士で集まったりして、
わいわいテーマパークとかに行ったらテンションあがりそう。奈良や日光を訪れても楽しいだろうな。
そこで、かつて訪れたことのある場所で、その当時と25才になった今の自分とは何がどう違うのかを、
同じ景色からどの対象に注目して、どう反応するのかを通して比べてみてみたい、ってのがあります。
きっとそこから得るものは、行ったことのない場所で自分を世界にぶつけることと同じくらい大きい。
あんまり変わっていない自分と、ちょっとだけ変わった自分。たぶんその両方が見つかるんだと思う。
そんな何かと接した時の、自分の内にあるものと外のものとに起こる変化というか、反応って面白い。
見て、嗅いで、触って、味わって。そんな単純な行動の集積が、人を創ってくから本当に不思議です。
誰しもそうだと思うけど、なにせ自分自身がブラックボックスなので、今でも何かに新しく出会って、
「あれ??俺ってこんなリアクションのパターンもあったのかー」なんてことはよくあったりします。
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それで、実はそういう発見から得てるものが、全く別のところで大きな意味を帯びてくるってことが
あって、例えば普段の日常生活とか仕事でも人間関係でも、どんなことにも通じることがあると思う。
それは『自分とそれ以外との世界の関わり方』ってことなんですが、ごく簡単に言うと、どうやって
自分の中にはない、未知なるものを受け止めていくかってことなのです。いかに吸収するかというか。
やっぱりいまだに世の中には、自分には理解不能なものや人や考え方ってのが、驚くほど溢れていて、
それらに向かってハナから否定的になるのもなんか嫌で、かといって無関心になるのも違う気がする。
嫌というか、そんな風に自分だけの世界観で仕事をしたり未来をずっと生きていくのはまず不可能で、
もっともっと自分の人生の料理を作る鍋やお皿を大きくしなきゃならんな、と考えたりするわけです。
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ここ数ヶ月はちょくちょく出掛けることができていたんだけど、やっぱり人との出会いだけに限らず、
風景との出会いも人生の宝探しだなぁ、とつくづく思っていました。いつか見た景色と再会できたり、
もう二度と会うことができなかったり。そう考えると、一見昨日と同じように見える日々の暮らしの
風景においても、出会いと別れは繰り返されていて、どんな瞬間にも無駄な時間などないのだろうな。
ただ、そんな瞬間の積み重ねである現実ってのは、なかなか厳しいものだったりしてね。意味もなく
忙しかったり、実体のない、よくわからない不安に追われている時も沢山ある。これからもっと厳し
くなっていく世の中を生きる運命の僕らは、様々な事に対して徐々に無関心になってゆくのでしょう。
でもそんな時でも、いやそんな時だからこそ、若くて思考も柔軟な僕らは、もっともっと心を震わせ
ていく必要があるのだろうと思います。バーコードのように記号化された白と黒の断片的な時間の中
で過ごす日常。その隙間からこぼれ落ちてゆく日々に、未来へ繋がる『時の木漏れ日』を見つけたい。
とまあ色々偉そうなことを書いてしまいましたが、、難しいことを抜きにしてどこも楽しかったです。
単純なんですよ、僕は。なんだかここ1ヶ月ほどで、仕事とか私生活も色々と一度リセットされた気
がしますし、来たるべき色とりどりの季節を、真っ白な新しい自分で迎えられたらなと思っています。
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今日の1曲:Mushaboom / Feist
(Feistはずっとずっとハマってる大好きなアーティストなんだけど、
彼女はどのPVも面白くって最高です。この曲なんて空飛ぶからね!)
