もし、俺が過去の仕事を褒められて満足しているようなら、俺はその日に仕事を辞める
俺は今、長期連休を経て思うは、一つのことや世界にいると(包まれると、という感覚が近い)その世界のことやそこに関わる人のことを、しかもネガティヴにあんまり仲良くなれてない、とか、顔色を伺う、とかそんな生き方が身に染みついている。だから二足三足の草鞋が必要なのだ。分散化する事で悩みを膨らますことを防ぐ。そういう生き方が性に合う。分かっている。だからそうしよう。そうしたらいいとわかってるんだから。
あと染み付いている物は良くない。なぜならそれは今を支配する現実ではないから。今の目の前にある、今のことをしよう。
あなたは?
有名な言語学者の言葉。
人の考えは言語化される事で意味を持つ。=この胸の動悸は、愛だ、不安だなど。
物は言語化される事で意味を持つ。=あの雑木林は邪魔だ。この机は君のだなど。

意味が言葉によって付与される。
意味が無い、説明ができないものが人を不安にさせる。
でも言葉は母語によって認識化が大きく異なる。
日本語は欧州の言葉と違い、性別、単数複数、フランス語のような心理的距離による単語の変更が強制される事はない。その曖昧さが日本の阿吽を大事とする習慣を生んでいる一因になる。
脳は自分の知っている言葉で今の心情や物事を認識する。認識できないと不安なものとなる。
人はなんでもカテゴライズしたがる生き物だが、生まれた場所ですでに、カテゴライズする仕組みがカテゴライズされている。その中で脳が当てはまる言葉を見つけれず不安を覚える時は「この言語では当てはまるものがないだけ」と理解する事。そうすれば今の不安状態が意味不明なのではなく、カテゴライズできないだけと理解できる。