石田ヨウスケのブログ monster’s BOX -327ページ目

name of the game…

2010年は
FIFA ワールドカップの
開催年。



地元で行われた
日本の最終試合から
もう8年。



あの日の
仙台駅近辺は
青い服の人だらけだった。



当時は、
チケットを取りたくても
取る事が出来ず、
だが、いざ試合が始まると
スタジアムに
空席が目立つという
事態が相次いでいたが、
その辺りはもう
改善されたのだろうか?



さて次回は南アフリカ。


南アフリカと言えば、
アパルトヘイト策が
撤廃されてから
確か20年と経っていない筈。



もうそんな差別は
絶対起こらないでもらいたい。

このワールドカップも、
正に全世界仲良くの象徴とも
なるのではないだろうか。



よくあちこちで、
フーリガン対策なるものを
行う様だが、
日本は度合いとして
どの位なのだろう。



試合にアツくなるのは
分かるが、
ハメを外すのも程々に。


阪神が優勝した時など、
飛び込みが出来ないように
囲いが出来てしまった道頓堀も
対策の一環みたいなものか。


それはそれで
風物詩が減った感じもあるが
命の方が大事だ。

テーマは深い

「サザエさん」という
漫画をご存知か。



先日、古本屋で
立ち読みをしていたら、
あまりに可笑しくて
一瞬周囲の視線を
感じてしまうほど
吹き出してしまった。



何が可笑しかったかと言うと、


屋根の修理をしていた
波平さんが
屋根から落ちそうになり、
屋根にブラーンと
掴まっている波平を見た
サザエさんとカツオが、
急いで何かを
取りに行くのだが、
ハシゴかと思いきや、
2人共カメラを持って来た事に
ふてくされている
波平さんの話なのである。




名作家のギャグセンス。


肩の凝らずとも、
打撃の強い笑いに
してやられた。




立ち読みに纏わる話を
よくブログに
書いている気もする。
だからと言って
別に僕も立ち読みばかりして
暮らしている訳ではないが、
本も漫画も好きである。


いつも、何かを
見出だせればなあと思う。


吸収した事を
どう出せるか。

テーマは深い。

時代

以前、
「生きて虜囚の…」
という舞台の事を書いた。


時代背景は
終戦直前の満州。




元々、
戦争をテーマにした舞台に
出るのも観るのも
興味はあるし、
現代人として
色々知らなくてはならないと
思っている。




僕の父と伯父は
満州の生まれである。



当時、そして引き上げ後も
大変だった事だろうと思う。



年代的にも、
両親には戦後の話を
よく聞いていた。



祖父は
バスの運転手だったので、
日本に戻ってからは
米兵を乗せて走っていた。


当時の子供達は、
カタコトの英語で
ガムやアメ等を
もらったりしていたというのは
戦時中を語る文献でも
目にするが、
バスに同乗した父もその1人。


使われなくなった
防空壕で遊んだりとかも、
基地ごっこの様な
感覚だろうか。




母の幼き頃はというと、
そちらもやはり、
暮らしには
苦労が絶えないと言うか、
その時代苦労のない家庭は
ないと察するが、
聞いていると、
自分自身の甘さを痛感する事
だらけである。


小学生の頃、
道徳の本に載っていた、
「戦後の暮らし」の中に、

「家庭にテレビが
出回り始めた当初、
近所の人達が
総出で見に来た」

という事柄があった。


母の家は正に、
近所の方々が
テレビを見に来る
家庭だった様で。


家族も多く、
また動物も多く、
キジ、スピッツ、
台湾ザル等を飼っており、
鬼ヶ島に鬼退治に行く
準備万端の様だが、
世の憂いという鬼を退治する
家族・動物とのスクラムは、
いつの時代も
欲しいものである。




戦前・戦後の事、
体験しては
ならない事が多いけど、
知らなくては
いけない事が多い。


忌まわしい事が多くて、
昔は祖母にも両親にも
あまり聞けない
気もしていたが。


それに、
悲しい事ばかりではない。
昔には昔の良さがある。




知らなくてはいけないとか
言っているが、
僕は原爆ドームにも
行った事がない。


広島にすら行った事がない。


いつか行かなきゃ。

いつか のままには
ならない様に。




余談だが、
父が幼き頃に
好きだったという、

「だるまくん」

という漫画本が、
古本屋でかなりの高値で
売っているのを見かけた。

戦前・戦後…。
遠い様な、遠くない様な。