8日。
なんとなく、と生きていることを実感してしまう毎日。
早く終わらせたいわけではないけれど、いつまでも続くことを思うとぞっとするから、そのうち終わるように薬を飲んだ。
もちろん、終わってしまったら終わってしまったで無念さはずっとその辺りに溜まったままになるのだろう。
だけど、勇気もなければ改善するに足る辛抱もないものだから、結局、明日もその先も同じまま。それは、望まない。
となると、当然の行動だろう。
そうも思いきれないから、今日も書き留めてるんだね。
最近できた友達。
友達と呼んでいいのかどうか分からない人。
そもそも、僕の思う友達と真の意味の友達との乖離も分からないのだから、考えても何の意味もないこと。
最近できた友達は、いつかの僕に似ている。
お金は、いくらでも使える様子。遊びだけでも一年に3000万くらいは使っているようだ。
僕も、そうだった。その倍は使っていた。今は無いけどね。
その友達は、小遣いもくれる。
なんて書いたら、贈与税云々なんだろうか。なら、もらってないよ。
彼と僕の違いは、現在の姿。
彼と僕の似ているところは、人が信じられないところ。
お金なんて、あればあるだけ人が信じられなくなっていくものだ。
そもそも、人なんて信用可能かどうか。
好きな女の子もいる。好いてくれる女の子もいる。
しかし、なぜ好きなんだ?なぜ好いてくれるんだ?
受け入れたくないが、僕も含めた各自のエゴや都合だろう。
お金を持ってから、つくづくそう思わせてもらった。
ここで、ひとつ。
僕は、十分に、ここまで述べてきたようなものではない友情や愛情をいただいている。
あくまでも、僕という存在が、それだけのものをいただくに足るものに思えないだけだ。
みんなからの愛情や友情は十分理解できているつもりだが、所詮、心の底からは理解できていない。
習った公式を使って問題を解いて、きっと設問に対する答は、習った公式の理解を試す問題だろうゆえに間違いないものだろう、という感じ。
つまんない人生だ。
なるべく、酒を飲んだりドロップアウトしたり、お金で女の子を抱いたりして、頭を使わないように生きている。
たまに声をかけてくださる先で、それなりの人並み以上は出せるから、そこなりに重宝していただく。
そんな毎日、賢くもないがバカでもないので、先もぼちぼちは読めてしまい、投げ出したくなる。
時々、そんな気持ちを払拭してくれる出来事が訪れて、高揚して、また落ち着いて。
死んでしまうことについて臆病であるだけ、執着や愛着を感じられるつまりは、それなりに幸せな毎日なんだろう。
こんなことを幸せとは感じたくない。
これが、本当の幸せかもしれないのに。
今日、きっと電気が停まるよ。
お金は、あるよ。
払う意味が分からないし、停まって良いから払いません。
電気の停まった毎日を送ればいいだけ。必要になれば、適切に対処します。
法学部に進んでから、ずっとこんな考え方。ずっと、こんな毎日。
就職したくないし、働きたくないから、法学部にしました。
単位取る必要も感じなくなったし、お金にも困らなくなったんで、学校も10年ダブって辞めました。実際に通ったのは、二年。取った単位は90くらいだったかな。
ツレが見たら、一発で誰か分かりそうなこと書いちゃった。
今日は、ダメだ。
どこまでもダウナー。
だけど、繕ったり飾ったりしたくないから、書き留めよう。