和歌山県
明日は、
和歌山県のサロンオーナー様がうす毛改善を受講にいらっしゃいます。
この先生は身重で、臨月だそうです。
「お産が済んでから受講されたらいかがですか?」
と提案したところ、
「産後はしばらく動けなくなるし、ずるずるなるのが怖いんです」
そして、
「薄毛でお悩みの方にいち早く力になりたい」と。
また一人、
志の高い仲間が増えることに
喜びと責任の重さを痛感いたします。
目標である47都道府県にはまだほど遠いのですが、
今回の和歌山県で18道県になります。
薄毛でお悩みの方が
近所のサロンで改善できる日が来ることを望みます。
武末 伸一
和歌山県のサロンオーナー様がうす毛改善を受講にいらっしゃいます。
この先生は身重で、臨月だそうです。
「お産が済んでから受講されたらいかがですか?」
と提案したところ、
「産後はしばらく動けなくなるし、ずるずるなるのが怖いんです」
そして、
「薄毛でお悩みの方にいち早く力になりたい」と。
また一人、
志の高い仲間が増えることに
喜びと責任の重さを痛感いたします。
目標である47都道府県にはまだほど遠いのですが、
今回の和歌山県で18道県になります。
薄毛でお悩みの方が
近所のサロンで改善できる日が来ることを望みます。
武末 伸一
早く良くなるといいね!
今日は、
スタッフの堀内っちゃんが休みました。
私のインフルエンザがうつったのかと思いきや、
堀内っちゃんのJrがインフルエンザらしい。
それでもうつしていないとは言い切れないので
申し訳ない気持ち。。。
朝から忙しく仕事をすすめ、
夕方やっと一息つけたので片付けしていると、
「すいませ~ん、迷惑かけて。」とわざわざ堀内っちゃんが片づけに来てくれた。
(わ~、ありがとう!!)
と素直に言えずにいると
堀内っちゃんは
てきぱきと片づけを進める。
そして申し訳なさそうに、
「週末にかかるのに申し訳ないのですが、
土曜日までお休みいただいて良いですか?」と。
「よかよ!」
素直に言えた。
堀内っちゃん、ありがとう!!
(まだまだ俺って小さいなぁ…)
インフルエンザは、
私のA型に対して、JrはB型とのこと。
Jrは小学4年生、
このクラスは16人しかいないらしい。
そして9人がインフルエンザで欠席。
当然、学級閉鎖。
早く良くなるといいね!
堀内っちゃんもうつらんように!
スタッフの堀内っちゃんが休みました。
私のインフルエンザがうつったのかと思いきや、
堀内っちゃんのJrがインフルエンザらしい。
それでもうつしていないとは言い切れないので
申し訳ない気持ち。。。
朝から忙しく仕事をすすめ、
夕方やっと一息つけたので片付けしていると、
「すいませ~ん、迷惑かけて。」とわざわざ堀内っちゃんが片づけに来てくれた。
(わ~、ありがとう!!)
と素直に言えずにいると
堀内っちゃんは
てきぱきと片づけを進める。
そして申し訳なさそうに、
「週末にかかるのに申し訳ないのですが、
土曜日までお休みいただいて良いですか?」と。
「よかよ!」
素直に言えた。
堀内っちゃん、ありがとう!!
(まだまだ俺って小さいなぁ…)
インフルエンザは、
私のA型に対して、JrはB型とのこと。
Jrは小学4年生、
このクラスは16人しかいないらしい。
そして9人がインフルエンザで欠席。
当然、学級閉鎖。
早く良くなるといいね!
堀内っちゃんもうつらんように!
ネットラジオ
昨日は、ネットラジオの収録でした。
美容・健康・癒し・福祉の分野で
個性で勝負し、
人の心を動かし、
また人を巻き込む情熱を持つ、
そんな志の枯れないプロフェッショナルなオーナーに出演依頼しているとのこと。
(んー…、いいのかなぁ俺で。。。)
なんて思いながらも
(これもご縁だし、すべてが必然だから)
と超前向きに捉えいざ本番。
ちょっと表情が硬いかも…

DJは、Gryder(ミュージシャン&メディアクリエイター)さん。
この方は、
沢田研二さんなど多くのアーティストへの楽曲提供から
CMソング制作
ゲームサウンド制作
サウンドロゴ制作や
北九州市花の歌を作ったり、
イメージソングの制作
司会や番組DJ
テーマソング制作
また、
ソフトバンク
JAL
東京スタイル
セゾン
二光通販
JINRO
スターフライヤーなど
多くの広告物にデザイナー&コピーライト、プランナーとしての経験を持つクリエイターです。
ちなみに写真上部の『HOT ACTION』のロゴ制作もGryderさん

上手な話術にのせられて笑顔が出てきました。
話しの節目節目で曲が入り、
ショートスティントが複数回にわたることで適度な緊張感でした。

終始笑いのなか話が進みます。
途中冗談で切り返そうかと思いましたが
やめておきました。
後でそのことを伝えると、
『突っ込んでいただいて良かったのに~』
って言っていただき
(もっとはじけりゃあ良かったなぁ)ってちょっと後悔。。。
一度の撮り直しもなく一発OK
偉そうに胸を張って写っております

初めての経験でしたが極度の緊張もなく終始スムーズに事が運び
貴重な経験をさせていただきました。
3月までには出来上がるそうです。
出来上がったらご報告いたします。
Gryderさん
ホットアクションTVの皆さま、
ありがとうございました。
深謝
美容・健康・癒し・福祉の分野で
個性で勝負し、
人の心を動かし、
また人を巻き込む情熱を持つ、
そんな志の枯れないプロフェッショナルなオーナーに出演依頼しているとのこと。
(んー…、いいのかなぁ俺で。。。)
なんて思いながらも
(これもご縁だし、すべてが必然だから)
と超前向きに捉えいざ本番。
ちょっと表情が硬いかも…

DJは、Gryder(ミュージシャン&メディアクリエイター)さん。
この方は、
沢田研二さんなど多くのアーティストへの楽曲提供から
CMソング制作
ゲームサウンド制作
サウンドロゴ制作や
北九州市花の歌を作ったり、
イメージソングの制作
司会や番組DJ
テーマソング制作
また、
ソフトバンク
JAL
東京スタイル
セゾン
二光通販
JINRO
スターフライヤーなど
多くの広告物にデザイナー&コピーライト、プランナーとしての経験を持つクリエイターです。
ちなみに写真上部の『HOT ACTION』のロゴ制作もGryderさん

上手な話術にのせられて笑顔が出てきました。
話しの節目節目で曲が入り、
ショートスティントが複数回にわたることで適度な緊張感でした。

終始笑いのなか話が進みます。
途中冗談で切り返そうかと思いましたが
やめておきました。
後でそのことを伝えると、
『突っ込んでいただいて良かったのに~』
って言っていただき
(もっとはじけりゃあ良かったなぁ)ってちょっと後悔。。。
一度の撮り直しもなく一発OK
偉そうに胸を張って写っております

初めての経験でしたが極度の緊張もなく終始スムーズに事が運び
貴重な経験をさせていただきました。
3月までには出来上がるそうです。
出来上がったらご報告いたします。
Gryderさん
ホットアクションTVの皆さま、
ありがとうございました。
深謝
情けな
今朝の柳川は気温1°曇りです。
雪は、ほとんどありません。
今日は、大牟田へスピーチでした。
心地よい緊張感のもと、
お陰様で無事終えることができました。

5時前に会場入りしたら、
小川会長が「お世話役をさせてもらってるので」と、
せっせと会場設営。
お手伝いもせず、
自らのPCやら、
プロジェクターやら、
スピーカーの設定をしておりました。
ふと携帯を見ると着信履歴、
中野地区長から伝言メッセージ。
「ごめんね武末さん、
応援に行けんけど頑張ってね。
明日の富士研も気をつけて行ってきてください!」と。
(明日から2泊3日で富士山麓へ研修。)
そして、
早々と会場入りされた筑紫倫理法人会の井上専任幹事と名刺交換させていただき、
そのあとは矢加部幹事長があいさつに見えられました。
(はぁ~、出来る方たちってここだよなぁ)
ってしみじみ思った次第です。
昨夜から体調が思わしくなかった風邪の症状は、
鼻水をすんでのところで食い止めることができ、
なんとか見苦しい姿をさらさずに済みました。
朝起きて頭痛かったけど、
熱を測ってしまうとモチベーションが下がってしまうので無視していました。
スピーチは上手く出来たかはわかりませんが、
伝えたいことは言えたように思います。

テーブルにある花は、
私をイメージして活けてもらったものです。
帰ってくると、
頭痛い、
喉がもっと痛い、
鼻水止まらん、
体温とうとう38度になった、
明日から富士研なのに。。。
気合で乗り切ろう!!
と思っとりました。
熱下がらんから、病院で検査に。
インフルエンザA型…。
先生曰く、
『飛行機や新幹線のような密室にウィルスを持ち込むのは大変迷惑です!』と。
そりゃそうだわな。
富士研、
航空券、
バス、
キャンセルしました。
縁がなかったのでしょう。
熱は38℃を過ぎた。。。
体はまだ大丈夫ですが、
鼻水が水のように滴る。
あーあ情けな…。
雪は、ほとんどありません。
今日は、大牟田へスピーチでした。
心地よい緊張感のもと、
お陰様で無事終えることができました。

5時前に会場入りしたら、
小川会長が「お世話役をさせてもらってるので」と、
せっせと会場設営。
お手伝いもせず、
自らのPCやら、
プロジェクターやら、
スピーカーの設定をしておりました。
ふと携帯を見ると着信履歴、
中野地区長から伝言メッセージ。
「ごめんね武末さん、
応援に行けんけど頑張ってね。
明日の富士研も気をつけて行ってきてください!」と。
(明日から2泊3日で富士山麓へ研修。)
そして、
早々と会場入りされた筑紫倫理法人会の井上専任幹事と名刺交換させていただき、
そのあとは矢加部幹事長があいさつに見えられました。
(はぁ~、出来る方たちってここだよなぁ)
ってしみじみ思った次第です。
昨夜から体調が思わしくなかった風邪の症状は、
鼻水をすんでのところで食い止めることができ、
なんとか見苦しい姿をさらさずに済みました。
朝起きて頭痛かったけど、
熱を測ってしまうとモチベーションが下がってしまうので無視していました。
スピーチは上手く出来たかはわかりませんが、
伝えたいことは言えたように思います。

テーブルにある花は、
私をイメージして活けてもらったものです。
帰ってくると、
頭痛い、
喉がもっと痛い、
鼻水止まらん、
体温とうとう38度になった、
明日から富士研なのに。。。
気合で乗り切ろう!!
と思っとりました。
熱下がらんから、病院で検査に。
インフルエンザA型…。
先生曰く、
『飛行機や新幹線のような密室にウィルスを持ち込むのは大変迷惑です!』と。
そりゃそうだわな。
富士研、
航空券、
バス、
キャンセルしました。
縁がなかったのでしょう。
熱は38℃を過ぎた。。。
体はまだ大丈夫ですが、
鼻水が水のように滴る。
あーあ情けな…。
逆境を超えて
ある年の6月、大阪にある進学塾に一人の生徒が
入塾してきました。
彼は、中3の6月から塾に入ったというのに、
授業中にノートも出さないし、宿題をを出しても
ちゃんとノートにやってこない。
数学の問題も、ノートを使わずにテキストの余白で
やるもんだから、計算ミスばかりしていました。
とにかく、一切ノートを持ってこないのです。
そこで、その先生は、生徒を呼び出し注意しました。
『ノートはどうした?黙っていたらわからないだろ』
そう言っても生徒は黙ったままで何も答えません。
そんな態度についつい先生の口調も荒くなり、
『ちゃんと言え!ノートはどうしたんだ!』
そう言っても、生徒は下を向いて黙ったままでした。
仕方が無いので、先生は、次からノートを持ってくる
ように約束させ、生徒を返しました。
ところが、翌日、その生徒はまたしてもノートを
持ってこなかったのです。
先生はとうとう頭にきて生徒を怒鳴りつけました。
『そうやって、俺に反抗する気か!よしわかった。
先生がノートをやるよ!』
そう言って、コピー用紙を500枚ほど束で机の
上に投げ出しました。
『これで文句ないだろ!これに宿題を書いてこい!』
そう先生が言うと、その生徒は、
『ありがとうございます』
と礼を言って帰って行きました。
先生は、わけがわからず、『何だこいつは?』と
思いましたが、次の日は、きちんとそのコピー用紙に
宿題をやって来ました。
そして、7月頃になると、今度は、クラスの
他の生徒が、その生徒を何とかしてくれと
訴えてきました。
ずっと同じ服を着てくるので、それがにおう
というのです。
そこで、再び、その生徒を呼び出し、
『お前な、不潔だろう。ちゃんと着替えてきなさい。
キッチリした生活が、キッチリした受験生活に
つながり、合格につながるんだ。』
そして、こう生徒にたずねました。
『ところで、どこの学校に行きたいんだ?』
すると、その生徒はボソッと
『K学院にいきたい・・・』
と言いました。
『K学院っていったら難関中の難関だぞ!
そんな生活態度でどうする?』
そう諭したのですが、結局、その生徒の服装は
変わることはありませんでした。
そんな状況だったので、その先生は、
夏休み前の保護者面談で、母親にその事を
きちんと話す事にしました。
そして、保護者面談の日、お母さんがやってきました。
先生は、お母さんに、ノートの事や服装の事などの
状況を話しました。
するとお母さんは、こう言いました。
『あの子は小学校の時から、この塾に通って勉強して
K学院に進学したいと言ってました。
それがあの子の夢なんです。
でも、先生、大変申し訳ないのですが・・・
うちにはお金がありません。』
なんと、その生徒はお父さんと死別していて、
それ以来、ずっとお母さんが看護師の仕事をし、
女手ひとつで子供を育ててきたのです。
そのせいで、経済的に非常に苦しい状況だったそうです。
先生は何も言えなくなりました。
『先生、本当は中学に上がったら、すぐこちらに
来させたかったんです。
でも、お金が無くて、中3になったら行かせてやると
言って我慢させ、2年間ギリギリの生活をして、
中途でやっと入塾させる事ができました。
ノートも持たせず、迷惑をかけて申し訳ありません。
ただ、息子は、先生からコピー用紙を頂いて喜んで
使っています。
本当にありがとうございます。』
先生は、1分以上頭をあげる事ができなかったそうです。
そして、先生は生徒に謝りました。
『ゴメンな。おれを許してくれ。先生は全然知ら
なかったんだ。だけど、お前も人が悪いぞ。
言ってくれればよかったのに』
その生徒は、この塾に来るのが夢だというだけあって
とても熱心でした。
とは言っても、彼の志望校を狙うライバル達は、
中1の時からしっかり勉強してきた秀才ばかりです。
ライバルたちとは、すでにかなりの差がついていました。
しかし、その生徒の授業への意欲は凄く、たとえ
熱があって、体がつらくても、絶対に授業を休まず、
毎日夜遅くまで残って先生を質問攻めにしたそうです。
先生もその熱意に影響され、その生徒を早めに
塾に来させ、指導する事にしました。
そうするうちにだんだんその生徒の成績は上がり、
9月が終わる頃には、塾の生徒700人の中でも、
ベスト10に入るほどになったのです。
そして、運命の入試当日を迎えました。
塾の先生も激励のため校門のところで待っていると、
その生徒が誰よりも早く、試験開始の1時間も前に
やって来ました。
しかし、その生徒をみると体が震えています。
それもそのはず、学生服の下にはTシャツ1枚
だけだったのです。
先生は、塾で用意していた使い捨てカイロを
彼のポケットに全部押し込み、
生徒の右手をさすりながらこう言いました。
『今日の試験を受けるお前にとって、右手は神の手だ。
絶対に右手だけは大事にしろ!
かじかんだら答えもかけないぞ!』
そして、無事、試験は終了しました。
先生が、その生徒にどうだったと聞くと
『わからない』
と言います。
そして、合格発表の日、先生は、定刻より
早めに合格発表の掲示板の前にいました。
そして、時刻通りに合格者の名前を書いた
紙が張り出されます。
先生は、真っ先にその生徒の名前を探しました。
あった!
その生徒の名前があったのです。
そのうち、他の塾生達もやってきて、喜んだり、
泣いたり、毎年恒例の光景が繰り返されました。
先生は、その生徒に祝福の言葉をかけるつもりで、
その生徒が来るのを待ちました。
しかし、待てど暮らせどやってきません。
日も暮れ、あたりが暗くなってもやってきません。
しかし、それでも先生は待ちました。
そして、その生徒はようやく夜の7時過ぎにやって
きました。
お母さんの仕事が終わるのを待ち、お母さんと
弟と一緒にやって来たのでした。
その生徒は、まさか、そんな時間まで先生が
待ってくれているとは思わなかったのでビックリ
しましたが、恐る恐る先生に聞きました。
『・・・先生、どうでした?』
『何を言っている。おまえがやった結果だろ。
自分で確認してこい。掲示板はあっちだ。』
そして、先生は、あとからやってきたお母さんに
『おめでとうございます。受かってましたよ』
というと、
『先生ありがとうございます。』
と言って、お母さんの目から涙があふれ出しました。
先生は、生徒の様子を見に、掲示板の方へ行くと、
その生徒は掲示板の前でうずくまって泣いていました。
その生徒に先生が
『やったな!よかったな!これでお前は4月から
K学院の生徒だな!』
そういうと、生徒は立ち上がり、こう言いました。
『先生・・・、ぼくはK学院にはいきません。
公立のT高校でがんばります。』
先生は一瞬、頭の中が真っ白になりました。
しかし、すぐに全てを悟りました。
先生は、お礼を言って帰っていく家族の後ろ
姿を見送りながら
『学費は俺が出してやる』
という言葉が喉まで出かかっていましたが、
それを言う事はできなかったそうです。
そんな事を言い出すのが失礼に感じたとかではなく、
彼ら家族を見ていて、その全てが尊く思え、
そんな人達には必要が無いと思えたそうです。
それから3年後、その先生は雑誌に掲載された
東大・京大合格者一覧の中に、その生徒の名前を
見つけ、一人、喜んだそうです。
-木下晴弘『涙の数だけ大きくなれる』より-
逆境に流されず、
ここまで情熱を燃やして夢を叶えたこの少年に
涙するとともに心から拍手を送りたい。
精一杯や一生懸命・命がけなど、よく耳にする言葉ですが、
出来てるかと問われると考える間もなく出来ていない。
現実は一つ、捉え方は人それぞれ。
出来るという根拠のない自信をもって夢をつかみたい。
そして死ぬまで熱い男でありたい。
深謝
武末 伸一
入塾してきました。
彼は、中3の6月から塾に入ったというのに、
授業中にノートも出さないし、宿題をを出しても
ちゃんとノートにやってこない。
数学の問題も、ノートを使わずにテキストの余白で
やるもんだから、計算ミスばかりしていました。
とにかく、一切ノートを持ってこないのです。
そこで、その先生は、生徒を呼び出し注意しました。
『ノートはどうした?黙っていたらわからないだろ』
そう言っても生徒は黙ったままで何も答えません。
そんな態度についつい先生の口調も荒くなり、
『ちゃんと言え!ノートはどうしたんだ!』
そう言っても、生徒は下を向いて黙ったままでした。
仕方が無いので、先生は、次からノートを持ってくる
ように約束させ、生徒を返しました。
ところが、翌日、その生徒はまたしてもノートを
持ってこなかったのです。
先生はとうとう頭にきて生徒を怒鳴りつけました。
『そうやって、俺に反抗する気か!よしわかった。
先生がノートをやるよ!』
そう言って、コピー用紙を500枚ほど束で机の
上に投げ出しました。
『これで文句ないだろ!これに宿題を書いてこい!』
そう先生が言うと、その生徒は、
『ありがとうございます』
と礼を言って帰って行きました。
先生は、わけがわからず、『何だこいつは?』と
思いましたが、次の日は、きちんとそのコピー用紙に
宿題をやって来ました。
そして、7月頃になると、今度は、クラスの
他の生徒が、その生徒を何とかしてくれと
訴えてきました。
ずっと同じ服を着てくるので、それがにおう
というのです。
そこで、再び、その生徒を呼び出し、
『お前な、不潔だろう。ちゃんと着替えてきなさい。
キッチリした生活が、キッチリした受験生活に
つながり、合格につながるんだ。』
そして、こう生徒にたずねました。
『ところで、どこの学校に行きたいんだ?』
すると、その生徒はボソッと
『K学院にいきたい・・・』
と言いました。
『K学院っていったら難関中の難関だぞ!
そんな生活態度でどうする?』
そう諭したのですが、結局、その生徒の服装は
変わることはありませんでした。
そんな状況だったので、その先生は、
夏休み前の保護者面談で、母親にその事を
きちんと話す事にしました。
そして、保護者面談の日、お母さんがやってきました。
先生は、お母さんに、ノートの事や服装の事などの
状況を話しました。
するとお母さんは、こう言いました。
『あの子は小学校の時から、この塾に通って勉強して
K学院に進学したいと言ってました。
それがあの子の夢なんです。
でも、先生、大変申し訳ないのですが・・・
うちにはお金がありません。』
なんと、その生徒はお父さんと死別していて、
それ以来、ずっとお母さんが看護師の仕事をし、
女手ひとつで子供を育ててきたのです。
そのせいで、経済的に非常に苦しい状況だったそうです。
先生は何も言えなくなりました。
『先生、本当は中学に上がったら、すぐこちらに
来させたかったんです。
でも、お金が無くて、中3になったら行かせてやると
言って我慢させ、2年間ギリギリの生活をして、
中途でやっと入塾させる事ができました。
ノートも持たせず、迷惑をかけて申し訳ありません。
ただ、息子は、先生からコピー用紙を頂いて喜んで
使っています。
本当にありがとうございます。』
先生は、1分以上頭をあげる事ができなかったそうです。
そして、先生は生徒に謝りました。
『ゴメンな。おれを許してくれ。先生は全然知ら
なかったんだ。だけど、お前も人が悪いぞ。
言ってくれればよかったのに』
その生徒は、この塾に来るのが夢だというだけあって
とても熱心でした。
とは言っても、彼の志望校を狙うライバル達は、
中1の時からしっかり勉強してきた秀才ばかりです。
ライバルたちとは、すでにかなりの差がついていました。
しかし、その生徒の授業への意欲は凄く、たとえ
熱があって、体がつらくても、絶対に授業を休まず、
毎日夜遅くまで残って先生を質問攻めにしたそうです。
先生もその熱意に影響され、その生徒を早めに
塾に来させ、指導する事にしました。
そうするうちにだんだんその生徒の成績は上がり、
9月が終わる頃には、塾の生徒700人の中でも、
ベスト10に入るほどになったのです。
そして、運命の入試当日を迎えました。
塾の先生も激励のため校門のところで待っていると、
その生徒が誰よりも早く、試験開始の1時間も前に
やって来ました。
しかし、その生徒をみると体が震えています。
それもそのはず、学生服の下にはTシャツ1枚
だけだったのです。
先生は、塾で用意していた使い捨てカイロを
彼のポケットに全部押し込み、
生徒の右手をさすりながらこう言いました。
『今日の試験を受けるお前にとって、右手は神の手だ。
絶対に右手だけは大事にしろ!
かじかんだら答えもかけないぞ!』
そして、無事、試験は終了しました。
先生が、その生徒にどうだったと聞くと
『わからない』
と言います。
そして、合格発表の日、先生は、定刻より
早めに合格発表の掲示板の前にいました。
そして、時刻通りに合格者の名前を書いた
紙が張り出されます。
先生は、真っ先にその生徒の名前を探しました。
あった!
その生徒の名前があったのです。
そのうち、他の塾生達もやってきて、喜んだり、
泣いたり、毎年恒例の光景が繰り返されました。
先生は、その生徒に祝福の言葉をかけるつもりで、
その生徒が来るのを待ちました。
しかし、待てど暮らせどやってきません。
日も暮れ、あたりが暗くなってもやってきません。
しかし、それでも先生は待ちました。
そして、その生徒はようやく夜の7時過ぎにやって
きました。
お母さんの仕事が終わるのを待ち、お母さんと
弟と一緒にやって来たのでした。
その生徒は、まさか、そんな時間まで先生が
待ってくれているとは思わなかったのでビックリ
しましたが、恐る恐る先生に聞きました。
『・・・先生、どうでした?』
『何を言っている。おまえがやった結果だろ。
自分で確認してこい。掲示板はあっちだ。』
そして、先生は、あとからやってきたお母さんに
『おめでとうございます。受かってましたよ』
というと、
『先生ありがとうございます。』
と言って、お母さんの目から涙があふれ出しました。
先生は、生徒の様子を見に、掲示板の方へ行くと、
その生徒は掲示板の前でうずくまって泣いていました。
その生徒に先生が
『やったな!よかったな!これでお前は4月から
K学院の生徒だな!』
そういうと、生徒は立ち上がり、こう言いました。
『先生・・・、ぼくはK学院にはいきません。
公立のT高校でがんばります。』
先生は一瞬、頭の中が真っ白になりました。
しかし、すぐに全てを悟りました。
先生は、お礼を言って帰っていく家族の後ろ
姿を見送りながら
『学費は俺が出してやる』
という言葉が喉まで出かかっていましたが、
それを言う事はできなかったそうです。
そんな事を言い出すのが失礼に感じたとかではなく、
彼ら家族を見ていて、その全てが尊く思え、
そんな人達には必要が無いと思えたそうです。
それから3年後、その先生は雑誌に掲載された
東大・京大合格者一覧の中に、その生徒の名前を
見つけ、一人、喜んだそうです。
-木下晴弘『涙の数だけ大きくなれる』より-
逆境に流されず、
ここまで情熱を燃やして夢を叶えたこの少年に
涙するとともに心から拍手を送りたい。
精一杯や一生懸命・命がけなど、よく耳にする言葉ですが、
出来てるかと問われると考える間もなく出来ていない。
現実は一つ、捉え方は人それぞれ。
出来るという根拠のない自信をもって夢をつかみたい。
そして死ぬまで熱い男でありたい。
深謝
武末 伸一




