終わりました!!
詳しくはこっち参照
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1514939101&owner_id=1925916



明日、会社に内定後初行ってきます。
正直、まだあまり実感がありません。
でも人と話しまくって会いまくって、少しずつ
『この会社で働くんだ!』って実感して
使命感と期待感と危機感をセンシティブに感じて行動していきたい。な。



とりあえずは
○SEやってる友達に聞いて、まずは必要最低限の技術を追求し始めること。
○英語にもっともっと意識をボーダレスにしていくこと。
をやっていきます。



lately----------------------



週末は、久々にボケナス具合をカマしてしまった。
まぁ久々に開放されたし『許してちょんまげ!!』って思ってたけど
定期と学生証をなくして、結局自分に帰ってきてしまった。
やっぱ、23にもなってハッチャケすぎるのは何かしらですな。



やりたい事を全部やるには金がいる。
金を稼いでたらやりたい事が全部できない。
というジレンマ。
正にセルフマネージメントの鍛え時。って事なのかな?



feeling------------------------



小林賢太郎TV 知れば知るほど神みないな人。


 
最近、ダレまくり感がやばすぎる;
『朝起きたら朝じゃなかった』がやばい。

そして遊ぶ予定がいっぱい!
『遊び』といったも、真面目。
マイメンは宝物です。
だから『遊び』も妥協したくない。

昨日は相方の学会発表へ応変に行って
Webテストやって、夜、久々にある親友と話した。
キレられまくった!
本当にフィーリングというものを強く感じるし、
どこまでも純粋なやつなので、
僕はいつもなんか、変な気持ちになるんですが、
あいつが行ってる事は全部本当で、
俺も全部受け止めると泣いてしまう。
本当に、大好きな親友です。

何も自分に対しては非も、後悔も無いけど、
『気持ちの強さ』に対しての礼儀が
確かになってなかったと思った。
本当にごめんね。
最高に楽しもう。


って感じで、就活と研究を
しっかり頭切り替えて集中して
やるぞおおおおおおおおおおおおおおお!


明日には彼女がトルコから帰ってくる
会うのが凄い楽しみ。
今日も今からがんばろう!

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art

このTrailerが、とってもかっこよい!!
特に曲。何て曲だろう。今度聞いてみよう。

マイメンがオーガナイズしているダンスバトルに行ってきました!

因縁というか、かれこれ5年の知り合いの
色んな事を共有しあった『親友』というより『兄弟』みたいなダンサーとバトルしました。
マージ楽しかった!でも、負けた!!
二回目!!勝ちたかった!!

寝違えて怪我にまで発展してしまった手首はまだ痛いしw
就活ESで完全に滅入ってた日だったけど、
やはり音楽と観客があると、最高に楽しいし、
ガチで踊りたくなりますな。不思議なもんだ。


後輩達のいいダンスたくさん見れました。
結果的に、少しでも影響与えられたらいいな。

昔は何でも『影響を与える』事がモチベーションの先端にあったけど、
今は『自分にしかできない事を発信する事』が一番。
結果はその次にあればいい。という妥協。
でもどうしても、『影響を与えたい』という欲が無ければ
モチベーションもあがらないもので、
パフォーマンスや芸術の
『表現追求』と『人に影響を与える』という二つの性質の
自分の中のバランスについて、まだまだ奥深さを感じますな。

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Feelings for myself

一見『かっこいい』よく見える人に、
実は『かっこ悪い』と感じてる事がかなりあることに気づいた。
俺は『かっこ悪い』なかに『かっこよさ』を見つけるのが得意なので
『かっこよさ』の中に『かっこ悪さ』を見つける練習をしなきゃな。と思った。

『捨て続ける、新しく改める。』イメージは常に持ってないと。
物に関しても『これいつまで持ってるんだろう』『これいつまでやってるんだろう』
と考える様にします。

『やりたい事は具体的に落としていく!!』
頑張ろう。

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デジタルフォトフレームをもらったので、どう有効に使うか考え中。
最終的にはパフォーマンスにも使いたいな。

って感じで、ピクチャー的なフィーリングを高めたいです。
おしゃれだと思うデザイン。ミニマルデザイン。
もっともっと色々見たいぜー!

最近いいと思ったCM この俳優さんが超好き。
http://www.youtube.com/watch?v=d5RwS8n02Bk&feature=youtube_gdata
再開します。
いや、厳密に言えばしたいです。

Social Graph という概念を頭のいい人に教えられ、
少しずつでも書いていく意義があると思ったから。

って感じで、
最近はES書きすぎて、文章がES調になってしまっている。

ビジネスでは、
『正確に表現する事』よりも、
『分かりやすく説得力がある事』のみが重要なのだな。

物事の『定式化』に関する必要性。こういった所にも現れてんな。

ただ俺は『正確に表現する事』がすきだ。
感性や思考の持つ曖昧な性質の持つ論理。
それについての興味はやっぱりまだ収まってないみたい。



あと、その内『お話』を書くつもり。書きたい。
また余裕のあるときに一気にガァッァァアア!!と作ったほうが俺にとってはいいのかも。

やりたい事と動きたい事がありすぎて、あと一年時間がほしいです。
って一年前から言ってる。でも一年前からはかなり変わったかな。
これからも鍛えていきますよ~自分を!

ダンスとは、人生とは、文化とは、俺のやりたいこととは・・
と深く考え始めて早一年以上。
かなりの時間と経験と推敲をかけてようやく整理でき始めてきました。



つまりは、ダンスにしろ、音楽にしろ、数学にしろ、論理にしろ、
ファッションにしろ、話し方にしろ、人間関係にしろ、
すべて深いところで繋がってる。つなげて考えることができた。



今の俺はもう昔のように、ダンスや数学には依存していないし、
依存することで、自分や自分の感性(周りの対象に対する)から現実逃避する事が
自己否定の根本にあることに気づいた。
自分と自分の周りには、素直と(欲ではない)愛を。
自分の中身には「構造」を、「感性」と「表現」の追求を。
そしてsemanticsがあって、syntaxがある。という観点を。
そう考えたら、このブログをはじめたときに比べて、随分整理できた方だと思った。



文化や芸術を、「感性」と「表現」で説明すること。
文化と社会をSyntaxとsemanticsと捕らえる事。
感情と「倫理、観念の中の命題」をヾ



世の中の色んなところには「定式化」という人間に依存した、「言語化」「論理化」
みたいなのが行われている。
それは時には「定義」といわれたり、「固定観念」と呼ばれたり、
「洗脳」と呼ばれたり、「常識」と呼ばれたり、「社会」と呼ばれたり、
「科学」と呼ばれたり。


人間が何かについて考える(推論する)時って言うのは、
頭の中で何かについて受けた「感覚」って言うのを定式化しなくちゃいけない。
この定式化って言うのが曲者で、
他人との意見の交流の際とかに、わだかまりが生まれるのはすべてこのせい。



定式化した上での、それぞれの対象の「定義」に違いがあると気づかないで
色んないわゆる「話の食い違い」が起こってる事。



定式化する上での「命題」のvalueの違いがポジションに依存しているものだと
気づかないで、色んないわゆる「話の(略



命題を定めた上での、メジャー「価値観」の違いが原因で
いわゆる「話(略)・・の食い違いが起こっていると気づかない人。



すげー適当に書いたけど、何かを話し合ったり考えあったりする時に
起こる食い違いっていうか、まぁそういうのは一体、何に起因してるのって言ったら
大体この三つくらいな気がする。
具体的に、これらのどこに起因しているかを気づける人が
「論理性」のある人。って言われている人だと思う。
(よく企業が言ってる「論理的な考え、話」ができる人とか言うのは、
 本当に↑こういう事を分かって、企業側が表現してるのかが気になる。
 言わせてもらえば「論理的な考え」って事を論理的に定義してほしいし)



まぁ人間、思考を言語化するときに大体こういう曖昧性を含んじゃってるから、
表現・解釈の際にめんどくさい事が起こるわけだけど、
それが「言語化の問題」ですむ場合ってのは
(つまり、うまい事言いまわせばそのあいまい性ははある程度解消できる場合って言うのは)
それを自分自身で分かっている場合のみ。



一番上の場合のみ。
二つ目の「ポジション」ってのはまぁ相手が
まぁ物の見え方はポジションによるって事を知っている位の頭のよさだったらよす。
ある程度は言語的に表現・解釈できる。
「価値観」ってのは、言語化するの自体がすごい難しいし、それゆえ
表現・解釈するのがすごい難しい。



分かりやすく言えば
「~~は~~だ。だから~~である。」って言うのが
人間が生きてく上で一番よく使う定式化された命題。
こういう風にClassify(?)しないと、そもそも推論できないからね。
それは↑上に書いたようなものにに依存しているような曖昧な概念なわけ。



頭のいい人って言うのはどういう人か、悪い人ってのはどういう人かって言うのは
段々↑のような概念を使って説明できる気がしてきた。
(「定式化」っていうこと事態を対象に説明しているから、説明って言う単語で代役を立ててますw)



↑の文章で二つの文をつなげているのがいわゆる、「感性」
お、今気づいた。



上の文で言う「~は~だ」っていう部分について
「~の指す対象があまりにも大きい人」(あまりにも雑な定式化)、
「プリミティブに(localな)因果関係を考えて定式化できてない人」、
↑そしてこれを生み出す、何かからの情報を鵜呑みにしてしまうという観性。
こういう人が、「偏見」「頑固」「こだわりが強い」「プライドが高い」と言われている人だと思う。



そして「だから~である」に繋がる部分において、にちょっと変だなって部分がある人は
価値観が安定してない(そしてその事を自分自身分かっていない)人
というか、何に価値観を定めているか自分自身理解できていない人、
そして、さっきと同様、何かからの既存の情報を鵜呑みにしてしまうという観性。



だから何かを推論したり、もっと身近な状況では、何かについて意見を言うとき
既存の情報から推論された「意見」だろう、という人がとてもおおい。
でも社会においては、法律やマナーや、常識といった定式をその「既存の情報」としていく
のが社会の安定感としてはいい感じになってる(でもやりすぎると社会主義。)



社会の中で生きてく上で、それは確実に重要で必要不可欠な観念だと思うけど、
でもよく考えると、みんな気づいてないけど
「semanticsがまず最初にあって、その定式化としてsemanticsがある」
だから、本当の価値観は「既存の定式化された情報」からは生まれない。



芸術性や考え方で、自分に正直な感性を追及している人っていうのは
だからこそ尊敬する。
定式化されたそれではなく、自分にしかない「感性」を正直に追及している人は、
表現も追及できるから。


まぁこういう風に「感性」と「定式化」っていう事をよく考えれば、
文化でも、社会でも、芸術でも、何でも人間の「考え、意見、~と思う、~と感じる」
といった事が関わるすべての事象を、かなり論理的に説明できる気がする。



自分的には、馬鹿だとか頭がいいとか、話が伝わるとか伝わらないとか、
分かってるとか分かってないとか、
そういうのって、どうやって説明できるんだろうなって思ったから。



もっと言うと、定式化って言うのが「苦しみ」や
「依存(~なくてはだめ、~でなくてはだめという感覚)」とかなり密接に関わってる気がする。
その辺ももっともっと考えていきたい。