部屋に呼ばれて彼を見ても、彼が誰だか思い出すことはできなかった。
それよりも、
2、3回は吐いたような青白い表情を見て、瞬時に、
あんまり関わりたくないなと思った。
それでも友人にその彼を紹介されて、
ようやく誰だか気がついた。
なつかしい。
クォン ジヨンだ。
どこの韓流スターがきてるか知らなかったから、まさか彼が、彼らがそんなに有名になっているなんて知らなかった。
むしろデビューしていることも知らなかった。
あたしはYGの練習生を辞めて、すぐにカナダに行ったから、情報なんてまったく追っていない。
だから、どんだけ売れてるのかなんて知らなくて、ピンとこなすぎて、笑ってしまう。
この豪遊。
誰が主催かと思ったら、彼らか。
笑ってしまう。
それだけで彼らが置かれている状況が手に取るようにわかる。
あたしはかつて使っていた言語を、頭の端から引っ張り出して、言った。
「久しぶりだね」
それこそ10年ぶりに韓国語を口にした。
「あれ?知り合いなんだ?」
紹介してくれた友人が、驚いて顔を見比べてきた。
するとすかさず、彼の隣にくっついていた男が、韓国語で訳していた。
「そうです。古い友人です。彼女は昔、YGの練習生だったんですよ」
ジヨンが英語で答える。
「本当に⁇知らなかった」
なんで言ってくんないんだよ、と、肩を抱き寄せられて、耳元に唇を押し当てながら囁かれる。
この男の良さといえば、その柔らかい唇くらいだ。
その感触を味わうように、あたしは目を閉じる。
「ほんとに自分のことは話さないよな」
言われて、
この声はいつまでたっても好きになれそうにないと思った。
あたしは目を開けて言う。
「ほんと昔の話だよ。10年以上前」
「へえ。そんなイメージ全然なかった」
何度かやり取りをしていると、黙って聞いていた彼がハングルで言い放った。
「日本語じゃなくて韓国語でしゃべってよ」
まるで突き刺すような声に、あたしは彼を見た。
彼女が男とイチャついてる姿を見るのは不愉快極まりなかった。
始終つまんなそうな顔をしているくせに、彼の唇が耳に触れたとたん、その顔。
人肌恋しいだけなんじゃないのか。と思う。
彼女をVIPルームに招待したのは僕だった。
きのうと同じ髪型で、
きのうとは違う服を着て、
僕の知らない男に肩を抱かれていた。
彼女を呼んでもらって、まさか男もついてくるなんて。
笑ってしまう。
その皮肉めいた微笑みを見て、彼は少し変わったな。と思った。
大人になった。
きっと、苦労したのだろう。
まるで姉のような気持ちでそう思った自分がおかしいけど、実際彼より2つ年上だ。
そう思うのも、自然なのかもしれない。
「招待してくれてありがとう」
あたしは精一杯の気持ちを込めて、そう言った。
そして、隣にいる男と腕を組んで、外へ向かう。
「待って」
どこ行くの。
思わずその手を掴んだ。
意外に力が強くて、あたしは驚いて振り返る。
彼の表情を見て、まるで時が止まったようだった。
あたしは隣の男に「先に行ってて」と伝えて、彼と向き合う。
じっと見上げるその目に、まるで吸い込まれるようだ。
俺は、息を少しだけのみこんで、言葉をつく。
「どうして、辞めたの」
まさか未だにそんな疑問を持っているとは思わずなかったから、驚いた。
「社長からなにも聞いてないの?」
「………」
無言の彼を見て、あたしは彼の手をほどくと、自分の指を耳に滑り込ませた。
彼女はするりと髪の毛をかき上げると、むき出しになった右耳を僕の方に向けた。
「あたし、右耳がほとんど聞こえなくなっちゃったの」
その耳には、補聴器がつけられていた。
俺は驚いて、言葉が出ない。
「だからだよ。辞めたの」
淡々と話す彼女を、ただ見つめるしかなかった。
再び背中を向けた彼女を、今度は追いかけることができない。
それはもう遠に自分の中で処理できたことだった。
だから、今さら自分の耳のことを話すことに、躊躇いはない。
ただ、彼のあまりにも驚いた表情を見て、改めて自分の体のことを実感した。
ひしひしと、冷たい氷で覆われるようだ。
受け入れ難い現実に直視した時
それがすべてだと思っていたものを諦めなければいけなくなった瞬間
それらを目の当たりにして、立ちすくんだ10年前の自分を思い出す。
それでも、
あたしにとって
それはすべて終わったことだ。
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