福井大学大学院特命准教授が、
教え子の大学院生を殺害したとの容疑で逮捕された事件で、思い起こされたことがある。
人は10回に1回くらい低頻度で褒められたりすると、褒めてくれた人にカリスマ性を感じるようになるそうな。
もちろん最初の出会いで、ある程度良好な関係が築かれていることが前提だが。
その後その関係が、上下関係や主従関係になり、エスカレートし、モラハラに至るそうな。
低頻度で褒められたりして認められる環境とは、努力次第で規則的に認められる環境とは違い、
主の機嫌などに評価が左右され、何がきっかけで認めてもらえるのか分からない環境となってしまう。
普通に考えたらとんでもない環境なのだが、従属している側からすれば、「いつか認めていただけるだろう!それまで、身を粉にして頑張ろう!」という発想を抱かせてしまうようになる。
たまに認められると、天にも昇る心地になって、まるで麻薬のようにその瞬間を求めてしまう。
つまり従属している人間を、客観的でまともな判断ができない状態にしてしまい、また、主体性をも完全に奪えてしまうのだ。
周りから見て無条件で支持され、人が付いてくるように見えるようになり、言うなればカリスマ性がある……という評価になる。
当然かつての良好な関係だった時の事を否定したくないために、現状の関係に問題が無いと思い込む思考もあると思います。
お互いが納得してれば良いじゃない?と、一瞬感じてしまうのですが、この主従関係には凄まじいストレスがたまり、
また、主は従を利用しようとしているに過ぎず、いわゆる人間関係としては理想的な関係とは全く言えない、むしろ程遠いものなのです。
モラハラ夫と従属的な妻、みたいな問題の典型みたいな家族がありますが、まさに上記の関係が当てはまります。
まあ、自己愛性人格障害や依存性人格障害による影響もあり得るので、もっと複雑ではありますが、
悲しいことですが、それでもお互いがお互い、その異常性を孕むその関係に気づかないものみたいです。
今回の教え子殺害事件に関して前園容疑者は、殺してしまったという罪悪感より、嘘をついて罪を免れようとする気持ちの方が、勝ってしまっているようです。
数年来の付き合いがあり、しかもプライベートでも家族ぐるみで親しかった女性を殺しておきながら、自分だけは助かろうとする……。
この二人の関係は上記の関係のように、利用していただけのまさに人権無視の主従関係だったのではないでしょうか。
立場のある立派な方が、こういう人格だと言うことについては、恐ろしいと言うしかないですね。