採用通知が来ました 


パートということになってますが
週5のフルタイム勤務です

できるんかいな私
やったことのない分野
来週から研修を受けることに

覚えられるかしら
体もつかなぁ


というのも

この2年は
一軒家から六畳一間に転居し
ほぼ
倒れ込んでるような生活です
太ったけど
筋肉落ちました😭

今朝は
買い出しの荷物が重くて
転んで
膝がまた痛くなってるの😭



ブログでは
カサンドラさんを見つけては
フォローし始めたばかりですが
読みにいくことさえ
お休みに近い状態になるかもです



ここからは
文章が脈絡なく
支離滅裂になりそうですが

しばらくブログは書けそうもないので
思いついた思いの丈を
書き連ねておきます





私は
妊娠するまでは
フルタイムで働いていました



しかし
あの夫との機能不全家庭では
働けませんでした

子供がやっと掴まり立ちした頃
私は高熱を出してしまい
初めて夫一人で
哺乳瓶でミルクを作ってと
頼んだことがありました

夫は
(それも特性かなと
今なら思えますが)
哺乳瓶を取ろうと
立ち上がり
手を伸ばす子供に気がつかなかったようです

また自分は熱いので
手で瓶を持たなかったらしいです

その為 
電気ポットから
沸騰したお湯が入ったばかりの
哺乳瓶は
ひっくり返り
子供の手や顔は大火傷

聞いたことのないような
子供の泣き叫ぶ声



私は熱が出てるのも忘れて
飛び起き
台所に行きました

夫は
どうしようっていう感じで
立ってました

私は子供を 風呂場に連れ出し
水で冷やしながら
夫に氷を持ってこさせ
日曜の当番病院を調べるよう
今から行くから運転するよう
そんなことを伝えました

怒りより
寝込んだ自分が情けなかった


日曜日の救急病院までは
とても遠かったです 
子供の顔の皮膚は
その後2度も剥け
真っ赤になってました

直射日光に当ててはいけないと
お医者様に言われ
半年カーテンを開けることなく
社宅で過ごしました

子供の顔に 
アザが残っていないのは
奇跡としか言いようがありません
でも
顔以外には
火傷のあとが今も残っているのです



また
瓶ビールの王冠が
子供のうんちと共に
出てきたことがありました 

とにかく私はいつも
緊張して いたのを覚えています



もうひとつ

子供が幼稚園から低学年頃は
転勤で同居していた時期
その後再び転勤で離れても
正月前後の長居をした後
原因不明の具合の悪さで
内科や外科に通院してました


甲状腺が悪い症状と言われ
調べてもそうでもなく
リュウマチのようですねと言われたり
指の関節に注射をしたことも


それらは全て
ストレスによるものだったのだと思います 

ある日鍼が良いかもと行ったら
先生に
筋肉が凝って固すぎていて
針が通らないと おっしゃるのです

そして
個人向けの漢方薬局を紹介してくれたのです 
その漢方薬は とてもきつかったです


鬱々とした気持ちが
明るくなるというより 
怒りになって爆発したのです


明るくなるために心が元気になる
それは 喜怒哀楽が整うということかもしれません


また夫や姑の傍若無人ぶりがエスカレートして
私の我慢に限界が来たのかもしれません



 とてもヒステリックに怒り
私は暴れました
夫からは狂ってると
精神科に連れて行かれたことがあります

ですが
日常の辛さを
泣いて訴える私に 
ちょっと話を聞いたお医者さんは
狂人や病気にはせず
薬もなし


だからといって
夫を検査するわけでも
諭すわけでもなく
診察は終わりました



私はあの頃が
一番カサンドラ状態が
ひどかった頃だと思います 





もうひとつ書いておきます

夫は結婚前も酒好きでしたが
コーヒーにも詳しく
サイフォンで入れてくれたり
コーヒーの蘊蓄を語る人でした


結婚前は 
いつか喫茶店をやろうね
みたいな話もあったのに
結婚したら 
コーヒーはどこかに行ってしまい
酒ばかり


初めて社宅に住んだ初日から
夫は午前様で
帰ってきませんでした


実家では
一緒に飲まないと
付き合いが悪い嫁と言われ
飲んでると 
こんなに飲ませて心配だわ
貴方のせいよ
ツマミが贅沢だとか
毎回あれこれと
真綿で首を絞められるおもいでした

姑がいると
針のムシロの宴会でした




夫は平日も
たくさん酒を飲みます
家でも外でも午前様は当たり前
給料だけでは足りません
私の持参金が底をつき


そんなわけで
月に3~10日のパートを
掛け持ちすることも

扶養から出るなと
一部の源泉徴収表しか
申請しなかった夫

ばれたらお前が犯罪者だと
言われました
嫌だと言ったけど
無視でした


別居の前の一年間だけ
一箇所て扶養から出るほどの
収入をいただいたとき

ほら見ろ働き損だ、と

確かにそれは
保険や年金など
扶養から外れた割には
たいした収入ではないので
トータルでは
当たってたのだけど

こうやって別居すると 
自分でかけていないぶん
今後いただける年金の低さに
どんよりします


いろいろ考えてると
人生を
早いうちにやり直す勇気の無かった
自分を責めてしまいます



いえ
今だって…

60過ぎても離婚する人はいます
離婚をするべきと
言ってくださる方が多いです

でも
離婚を反対する息子たちと
決別してまで
離婚しても


一人でぽつーん

その後のビジョンが
私には
もう全く出てこない…




頭の中に
いつもの堂々巡りが始まります








悩むのをやめて
とにかく今週は
お弁当のおかずの
作り置きでもしようと思います

そして
来週から仕事に集中しよう



そういうご縁があったのだと
思いたい


子供の火傷の跡が
奇跡的に残らなかったように

私に フルタイムの仕事が
なんなくできる
楽しめる
そんな
奇跡が起こりますように