もしエホバの証人の家庭に生まれてなかったら私は何をしていたんだろう。どうゆう人生歩んでいたんだろう。普通の女の子として楽しんでいたのかな。と、最近は考えてしまう。普通の女の子に生まれて育ってごく普通な事をしたかったなぁ。
物心つく前から私はエホバの証人の毎週の集まり(集会と言う)に通っていて当時は週三回、火曜日一時間、金曜日曜日二時間の集まりに必ず連れて行かされてて(途中から週二になったけど)奉仕(他の人にエホバの証人の事を伝える活動)に参加させられて研究(エホバのことを学ぶ時間)を親と一時間位行わされて大体週五はエホバの事に時間を費やしてきた。自分の時間は週二程しか無かった。
しかも上記の事を行わないと懲らしめと言って罰を与えられ鞭でお尻を叩かれる事になっていた。お尻と言ってもピンポイントでお尻に当たることは滅多にない。ほとんどが足に当たった為、次の日に鞭の痕が残って辛かった。幼かった私にとっては本当に地獄のようで辛かった記憶しかない。傍から見れば子供虐待、体罰に見られてもおかしくないレベル。
週二しかない自分の時間。私は学校の仲良い友達と放課後一緒に遊びたかったが遊ぶことも許されない。学校の友達=エホバのことを学んでない世の友達なので母親に世の友達とは遊んではいけないと言われ遊べなかった。勿論ルールを守らなかったら鞭でお尻を叩かれるそんな地獄に陥る。だから友達に「遊ぼ」って誘われても上手い具合に都合よく感情を害さないように断るのに必死だった。毎回違う嘘をついては断っていた。今思うと小学生でそんな事を出来たのは自分でもすごいと思う…。
中学生から高校生ぐらいからは親にひとりで出掛けてくるって嘘をついて友達と遊んでいた。中学生の時に初めての恋人も出来て親に嘘をついて奉仕してるエホバの証人とかにバレないようにこっそりとデートとかしていた。だけど他の友達とか見てると堂々とデートしたいなぁ。お家デートとかしたいなぁ。って気持ちが心のどこかにはあったな。
家庭では誕生日は祝って貰えないしクリスマスももちろんお正月などお祝い事は一切許されない。小学生の時はクリスマスシーズンなど友達同士で話題に出るからその度苦痛で仕方なかった。父親方の祖父祖母は未信者の為お正月などは家に遊びに行ってお年玉など貰ったが母親はいい顔を一切しなかった。そのせいもあるが父親方の祖父祖母はエホバの証人に対して賛成ではないむしろ反対派の方なので父親方の祖父祖母と母親はエホバの証人を理由にものすごく仲が悪い。だから私が父親方の祖父祖母に会いに行くのも許されない為ここ四、五年は会ってない。正式に言うと母親から許可が降りない為会わせてくれない。(母親方の祖父祖母はエホバの証人)
エホバの証人の禁止事項は数え切れないほどある。普通の人がしてる事がほとんど禁止だと思った方が早いレベルである。その為私の生まれてからの18年間はエホバに縛れてた為、普通の人がしてきた事を私はしてない。その時は思わなかったけど今になって言葉に出来ないほど後悔してる。本当に早く辞めればよかった。出来ることならエホバの証人の家庭に生まれてきたくなかった。他の普通の家庭に生まれたかった。
この辛かった18年間を今からすべて埋めるのは不可能な話だけど、自由の身になった今少しでも埋めれたらいいなと思ってる。今私は20歳でこれからが一番楽しい時期。母親曰く「エホバを一番にしないと何もかも上手くいかない。」と耳にタコができる程聞かされてきたけどそんなのは全く信じないし信じたくない。エホバを一番にしなくても上手くいくって私は信じてる。人生なんて自分次第。だから自分を信じてこれから生きようと思ってる。
私らしくエホバになんか騙されないで頑張ります!
またブログ更新したら読んでみて下さい。
読んでくれてありがとうございました。