小林「あーーー」


扇風機を変声機代わりにして、風を受ける。
大して涼しくないけれど、エアコンが壊れてしまった今、私たちに涼をくれるのは古びた扇風機ぐらいだった。
弱モード以外は選択できない不良品。買い換えることすら面倒になってからは、もはや愛着すら湧いてきた。


渡邉「9月でこの暑さは犯罪的だわ」

小林「ほんっと、理佐のばかぁ」

渡邉「え、なに、悪いの私?由依が埃臭いって言うから掃除したんだけど」

小林「壊すぐらいなら業者に頼めば良かったじゃん」

渡邉「今は節約しないといけない時期だって話したよね

小林「そうだけどさ」

渡邉「ただでさえ今月苦しいのにエアコンの修理代まで乗っかるといくらになるんだか、、」

小林「よし、カフェに涼みに行こう」

渡邉「節約は?」

小林「じゃあ公園」

渡邉「もっと暑いでしょうが」

小林「地球温暖化のバカヤロー」


その無気力な罵倒は、特に誰かを傷つける訳でもなく、せめてもの暑さ凌ぎで開けた小窓からさっさと逃げていった。普段地球を痛めつけるほどの温度を設定する彼女の口から発されていいものなのかはわからない。


渡邉「……アイス食べる?」

小林「チョコミント」

渡邉「ん」


アイスだけは無駄に補充してある我が家の冷凍庫。
いくら倹約中にアイスを買ってこられようとも、私は由依を咎められない。
食べたい時にアイスが食べれないのは音大に落ちたのと同じくらい絶望的だと由依が言うから。
安易に首を突っ込めない話題を持ち出してくる辺り、由依はズルい。
利己的とまでは行かないけれど、彼女がわがまま自由人であることに変わりは無い。きっと無意識のうちに自分が得をする選択肢を選んでるんだ。でないと、私の損が報われない気がする。


渡邉「チョコミントって何か損した気分にならない?」

小林「はて、その心は?」

渡邉「歯磨き粉食べてるみたいでなんか嫌なだけ」

小林「うわ、うわうわ。この人、チョコミントへの冒涜が過ぎますわ。ミントってだけで歯磨き粉とイコール結ぶなんて…

渡邉「美味しくないし」

小林「それは人それぞれでしょ」

渡邉「由依と私の好みが合えば、ひと口貰えたのになぁって。損した気分」

小林「理佐が?てっきり私が損した気分になるって話かと」

渡邉「由依が好きなら何も損しないでしょ。そもそも由依の損とか気にしたことない」

小林「なんて女だ」

渡邉「ひと口ちょーだい」

小林「嫌いなんじゃないの?別にいいけどさ」


禍々しい色のそれを齧る。うわ、まず。歯磨き粉味のくせに虫歯ができるなんて皮肉すぎやしないか。


渡邉「美味しくない」

小林「ひと口泥棒め」

渡邉「由依が好きそうな味」

小林「どういう意味?」

渡邉「どうだろ」


多汗気味な由依の額には、汗で張り付けられた前髪が助けを求めているように畝っている。


小林「…もう一本食べようかな」

渡邉「お腹壊しても看病してあげないから」

小林「この暑さだし、大丈夫だよ」


そう言って、由依はよくお腹を壊す。私に頼らず一人で苦しむところを目の当たりにしては、ついつい看病してしまう。由依はお腹が弱いのに、どうしてあんなにアイスを食べたがるんだろう。自分の容量を知らないのだろうか。それってちょっと傲慢だ。


渡邉「前にお腹壊した時もそう言ってたよ」

小林「理佐の優しいところに惚れたからなぁ」


私の優しさに頼りきっているわけでは無いんだと、私は知っていた。由依はなんでも一人でやろうとするけど、その過程で私の優しさに寄り道するだけなんだ。由依の生活の中で私の優しさはオマケみたいなもの。


渡邉「私は由依の素直なところが好きなはずだけど?」

小林「うーわ、ずる」

渡邉「どの口が言ってんだか」


冷凍庫に伸ばしかけた手を引っ込めて、うおーとやる気のない叫びを扇風機にぶつけている。扇風機は弱風運転を続け、切なげに佇んでいた。

その姿が愛らしくて、手放したくないなぁと思ってしまう。
このまま壊れなきゃいい。最低限でいい。

そんなことを求めてしまう私も、由依みたく傲慢な人間なのかもしれない。

弱くて温い風が、私たちの傲慢さをかき消してくれればいいのだけれど。





かなり前の下書きを完成させたので、季節感フル無視です。
りさぽんは年中無休っちゅうことで🙃