三国みどりが、答えをくれていた。

 

 

 

 

 

誰やねん、と思いますよね、三国みどり。

これ、本名です。

 

 

 

三国みどりは私の小学校5年生のときの担任の先生の名前です。

 

 

 

 

 

当時の私は、いわゆる「いじめ」にあっており、クラスで孤立しておりました。

 

 

 

あぁ、よくあるやつです。

「あの子としゃべっちゃダメ」ってある日突然言われるやつ。

 

 

 

 

理由は多分、中心人物の片野広美が嫌いな子を「え、私別に●●ちゃん、好きだけど」と言ったことだったと思います。

 

 

 

 

 

 

まぁ、とにかくいじめにあっていたのです。

隣のクラスに行けば、部活の友だちが居たので、私は休み時間はクラスに居ませんでした。

 

 

 

 

でも、やっぱり悲しかったし、なんで私が?という怒りもありました。

 

 

 

 

当時の私には力がなく、ただ、その状況に甘んじていることしかできませんでした。

謝ることもできず、ただ、おろおろと途方にくれているだけでした。

 

 

 

親にも相談しましたが、「そんなの、他のグループに行けばいいじゃない。っていうか、グループ決めないでフラフラしてればいいじゃない、私もそうだったよ」という、まったくもって役に立たない回答が返ってきました。

(おかんよ…wそういう話じゃないんだw)

 

 

 

 

 

そんな折、担任の三国みどりがこんなことを言いだしました。

「今月の歌、というのを作ります。毎朝、朝の会で歌いましょう」と。

 

 

 

 

当時、私は三国みどりが嫌いでした。

年のころは20代半ばだったでしょうか。

肩の上で切りそろえた、ばさばさの黒髪。

ほっそい身体に、ポッコリ出たお腹。

そして、亀みたいな顔に、でっかいメガネ。

 

 

 

ダサい。

とにかくダサい。

 

当然、クラスのみんなにも舐められていました。

 

 

 

そんな三国みどりが言い出したのです。

「毎朝、歌を歌いましょう」と。

 

 

 

 

小学校5年生、微妙な年ごろですから、「歌うこと」自体が恥ずかしいことでした。

みんな、適当に歌っていました。

私も、例外ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

私がいじめられていたその月に、三国みどりは槇原敬之の「どんなときも」を選曲しました。

そして、こう言い放ちました。

 

 

 

「好きなものは好きと言いなさい」

 

 

 

いつも自信なさげにちょこちょこ動いている三国みどりからは想像もつかないほどの強い言葉でした。

 

 

 

 

 

それから数か月後、いじめのターゲットが変わり、私は以前のようにクラスに戻りました。

片野広美とも変わらずに仲良くしました。

 

 

 

 

 

どんなときも どんなときも

僕が僕らしくあるために

「好きなものは好き!」と

言えるきもち 抱きしめてたい

どんなときも どんなときも

迷い探し続ける日々が

答えになること

僕は知ってるから

 

 

 

 

 

 

あのとき、三国みどりがどんな気持ちで「どんなときも」を選曲したのかはわかりません。

私がいじめられていたことを、知っていたかどうかもわかりません。

 

 

 

そして、当時私は、悲しみの中にいて三国みどりの声は私には届きませんでした。

 

 

 

 

気づいたのはつい最近です。

 

 

 

 

あぁ、先生は励ましてくれてたんだな、と。

あぁ、私は1人じゃなかったんだな、と。

あぁ、きっと、私はずっと1人じゃなかったんだな、と。

 

 

 

 

 

 

 

三国みどりに会うときがあったら、お礼を言いたいと思います。

できれば、エゴサーチかけててくれると嬉しいです。

このブログが引っかかってくるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

おわり。