昨日21日、名古屋市内の某ホテルで、昭和48年度卒○○中学校同窓会を行いました。


今回で3回目、2回目は8年前、私はその幹事で2回目の幹事です。



同窓会の幹事は男4人、女3人の計7人。同窓会までの打ち合わせは



今年5月から行い計7回ぐらい会合を行いました。


当日は、役員11時に集合、午後1時開会でした。


幹事長は、某リハビリ大学の女副学長です。


病人ということも忘れ結構こき使われました。


会場内に昭和48年度の新聞記事なども飾りつけ。


スケジュールは、いつもどうりあいさつ、乾杯、歓談食事、


同窓生によるサックスソロ演奏、


30分にわたる思い出アルバム(パワーポイント)BGM付き


小学校の校歌、中学校の校歌斉唱。一本締め


など、行いました。


思い出のアルバムでは、準備段階で全同窓会メンバーに出欠席封筒の中に、想い出の写真、


現在の写真コメントなども集めたものを、幹事長がパワーポイントを使って


作成してくれました。私の病気のことは出席者3分の1ぐらいがわかっています。


そんな中、想い出アルバムが始まると、皆スクリーンに釘付け、笑ったり、黙ったり、拍


手したり、そんな中、私のコメントが画面に流れました。


「昨年、急性リンパ性白血病で生死を分けるような入院をしました。


起死回生という言葉心に抱き病気と闘った。


そんな中、入院中の男女問わず同級生のメールが入院中の8ヶ月を支えてくれた。


カラダの不調の時も返事をし、それがとても嬉しく感謝・・・」


自分自身も思い出して涙腺が緩んだ。

終了後、それをしらない同級生らが、数々の励ましの言葉をいただきました。

2時会35人、3時会24人、もうクタクタ、家に帰って午後10時30分

昨日は楽しかった。

今日は疲れすぎて12時まで寝てしまった。