あけまして おめでとうございます
昨年は 息子が6年生ということで
私にとっても 学童野球ラストイヤーの
年でした。
最高の練習 最高の練習試合 ができ
私の監督3年間の中では最高のチームが
出来上がったと感じています。
あっと言う間の1年でした。
今年は 監督を退任し
普通のおじさんに戻って
野球を楽しめる身分になりました。
今のチームは
今の指導陣と子供たちのモノなので
お邪魔しないよう
お助けマンとして 関わっていこうと
考えてます。
息子は たぶん 野球から卒業です。
チビで鈍足な息子が
練習を積み重ねてきた姿を
知っているだけに
彼の意思を尊重します。
栄光は努力の先にしかないことを
学童野球で覚えた息子は
どんな分野でも 前向きに進めると思います。
プロ野球も大好きです。
昨年は 則本投手 小川投手 菅野投手 と
新しい力に魅了されました。
今年のルーキーにも 期待しています。
また
バレンティン選手のシーズン本塁打
廣瀬選手の15打席連続出塁記録
田中投手の24勝0敗1S
と とんでもない記録を見ることが出来ました。
今年は どんな感動のシーンに出会えるか?
わくわくしています。
ドラフトも 早くも楽しみです。
昨年 甲子園で活躍した2年生エースが
最後の年に どれだけ輝くのか?
また大学に進学した 島袋投手を
プロは どう評価するのか?
間違いなく 2014年も野球漬です(笑)
今年も よろしく お願いします。
皆様の御多幸を 心より お祈りしています。
大晦日です。
今年は 息子が6年生ということで
息子にとっても
私にとっても
学童ソフトボール 最後の年になりました。
振り返りたいと思います。
息子は 小学校入学と同時に
子供会ソフトボールチームに入団
私も 低学年組のコーチとして
参加しました。
そして
息子が4年生の年から
今年の秋大会まで 監督をさせていただきました。
この6年
ほぼ 毎週 週末はグラウンドに出ていました。
秋大会で監督を退任し
今は 普通のおじさんになってます。
振り返ると
あっと言う間の6年間でした。
1年生の息子と おもちゃのプラスチックバットで
練習していたのが
つい 先日のようです(笑)
学童野球では
ある程度の素質があれば
そんなに個人練習をしなくても
そこそこの選手には なれます。
そして
学童野球なら 体格や素早さなどの素質が
無い選手でも
必死になって 自宅練習をすれば
ある程度の活躍が見込まれます。
息子が チビで鈍足 であったために
素質の不利を 何とかしようと
毎日 一緒に素振りをしたことは
今 思えば 貴重な時間です。
野球の華 ホームラン
息子に味あわせたくて
この6年があった と言っても
過言では ありません。
身体が小さいため
体重移動の大事さ
スイングの軌道
グリップの位置 などなど
いろいろ試行錯誤しました。
息子の努力の成果が出たのは
6年生の初夏でした。
4月の練習試合では空振りを恐れて
当てるだけのバッティング
当然 チビの息子では打球は弱く
8打数1安打でした。
5月になって
息子は振り切ることを重視しました。
打球もセンター返しを狙わず
とにかく 強く振り抜くことを。
そのおかげで 7打席目には
初ホームランを放つことが出来ました。
今年 全部で7本のホームランを打ち
親バカの私でも 出来過ぎの結果に
驚いています。
中学・高校と進めば
素質を持っていて
さらに
努力を積み重ねる者にしか
野球は 続けられません。
しかし
学童野球なら 夢が叶います。
素質が無い者も 努力で何とかなる
可能性が まだ 有ります。
6年間 息子や子供たちを見てきて
感じました。
努力をした者が 必ず成功するわけではない。
だが
成功した者は 皆 努力をしている。
この言葉は残酷です。
でも 真実です。
学童野球で 子供たちに身に付けて欲しかったのは
野球の技術では ありません。
親や地域の大人への感謝 だったり
努力の大切さ です。
野球で 花を咲かせることが出来るのは
ほんのひと握りですが
努力で 何かの花を咲かせることは
誰もが 出来ます。
そんな彼らが もっと良い社会を
作ってくれると信じています。
これで 私の老後も安泰です(笑)
まとめと書いたのに
まとまりませんでした(笑)
私らしいです。
最後に 学童野球 ありがとう。
そして 子供の方も 大人の方も
学童野球を 存分に 楽しんでください。
今年は 息子が6年生ということで
息子にとっても
私にとっても
学童ソフトボール 最後の年になりました。
振り返りたいと思います。
息子は 小学校入学と同時に
子供会ソフトボールチームに入団
私も 低学年組のコーチとして
参加しました。
そして
息子が4年生の年から
今年の秋大会まで 監督をさせていただきました。
この6年
ほぼ 毎週 週末はグラウンドに出ていました。
秋大会で監督を退任し
今は 普通のおじさんになってます。
振り返ると
あっと言う間の6年間でした。
1年生の息子と おもちゃのプラスチックバットで
練習していたのが
つい 先日のようです(笑)
学童野球では
ある程度の素質があれば
そんなに個人練習をしなくても
そこそこの選手には なれます。
そして
学童野球なら 体格や素早さなどの素質が
無い選手でも
必死になって 自宅練習をすれば
ある程度の活躍が見込まれます。
息子が チビで鈍足 であったために
素質の不利を 何とかしようと
毎日 一緒に素振りをしたことは
今 思えば 貴重な時間です。
野球の華 ホームラン
息子に味あわせたくて
この6年があった と言っても
過言では ありません。
身体が小さいため
体重移動の大事さ
スイングの軌道
グリップの位置 などなど
いろいろ試行錯誤しました。
息子の努力の成果が出たのは
6年生の初夏でした。
4月の練習試合では空振りを恐れて
当てるだけのバッティング
当然 チビの息子では打球は弱く
8打数1安打でした。
5月になって
息子は振り切ることを重視しました。
打球もセンター返しを狙わず
とにかく 強く振り抜くことを。
そのおかげで 7打席目には
初ホームランを放つことが出来ました。
今年 全部で7本のホームランを打ち
親バカの私でも 出来過ぎの結果に
驚いています。
中学・高校と進めば
素質を持っていて
さらに
努力を積み重ねる者にしか
野球は 続けられません。
しかし
学童野球なら 夢が叶います。
素質が無い者も 努力で何とかなる
可能性が まだ 有ります。
6年間 息子や子供たちを見てきて
感じました。
努力をした者が 必ず成功するわけではない。
だが
成功した者は 皆 努力をしている。
この言葉は残酷です。
でも 真実です。
学童野球で 子供たちに身に付けて欲しかったのは
野球の技術では ありません。
親や地域の大人への感謝 だったり
努力の大切さ です。
野球で 花を咲かせることが出来るのは
ほんのひと握りですが
努力で 何かの花を咲かせることは
誰もが 出来ます。
そんな彼らが もっと良い社会を
作ってくれると信じています。
これで 私の老後も安泰です(笑)
まとめと書いたのに
まとまりませんでした(笑)
私らしいです。
最後に 学童野球 ありがとう。
そして 子供の方も 大人の方も
学童野球を 存分に 楽しんでください。
普段通りに過ごしていても
慶び事も有れば
忌み事も有ります。
年末に 訃報が入ってきました。
私の高校時代のクラスメートの女性が
亡くなったそうです。
私が 前に会ったのは
もう 何年も前のことで
年賀状でのやり取りだけでした。
高校での
中間テスト期末テストでは
名簿順に 席に座ります。
彼女とは 苗字が近いこともあって
2年と3年の2年間
前後の席でした。
廊下の壁際の席でしたから
壁にもたれ
よく話をしました。
モテなかった私にとって
青春時代に 一番 話をした女性です。
実は 彼女が進学した先の学校に
私の妻がいて
妻との縁を取り持ってくれたのが
彼女でした。
私が 妻を持ち 子供を持っているのも
彼女のおかげです。
あまり 幸せな結婚ではなかった
と聞いています。
それでも 一人息子さんは
素直な良い子に育っていて
これから 彼女は
楽しい人生を謳歌するはずだったのに。
息子さんは 高校生だったはずです。
以前にも書いた記憶がありますが
親しい人が亡くなること
には
意味がある。
という考え方があります。
人は 生まれる前に
神さま(?)と
自分の人生のシナリオを打ち合わせて
くるのだそうです。
そのシナリオには
楽しいことも 辛いことも
すべて 盛り込まれています。
なぜ 辛いことを経験するような
シナリオが書かれているのか というと
心の鍛錬をするため だそうです。
資産家の家に生まれ 美男美女に生まれるのは
イージーモード
まだ 心の鍛錬が出来ていない初心者向け。
辛い境遇に生まれてきたり
困難な事態が 次々に来るのは
ハードモード
心の鍛錬 上級者向け だそうです。
その考え方によると
私と彼女は 生まれる前に
シナリオの打ち合わせで会っていて
彼女が この年に亡くなって
私の心を ゆさぶるね。
と もう 決めていたのだそうです。
彼女の死を
私の人生の「意味のあるもの」に出来るか?
が
今回の課題です。
彼女は 考え事をするとき
ちょっと ほっぺを膨らまします。
30年も前のことなのに
色あせず 思い出されます。
素敵な人でした。
慶び事も有れば
忌み事も有ります。
年末に 訃報が入ってきました。
私の高校時代のクラスメートの女性が
亡くなったそうです。
私が 前に会ったのは
もう 何年も前のことで
年賀状でのやり取りだけでした。
高校での
中間テスト期末テストでは
名簿順に 席に座ります。
彼女とは 苗字が近いこともあって
2年と3年の2年間
前後の席でした。
廊下の壁際の席でしたから
壁にもたれ
よく話をしました。
モテなかった私にとって
青春時代に 一番 話をした女性です。
実は 彼女が進学した先の学校に
私の妻がいて
妻との縁を取り持ってくれたのが
彼女でした。
私が 妻を持ち 子供を持っているのも
彼女のおかげです。
あまり 幸せな結婚ではなかった
と聞いています。
それでも 一人息子さんは
素直な良い子に育っていて
これから 彼女は
楽しい人生を謳歌するはずだったのに。
息子さんは 高校生だったはずです。
以前にも書いた記憶がありますが
親しい人が亡くなること
には
意味がある。
という考え方があります。
人は 生まれる前に
神さま(?)と
自分の人生のシナリオを打ち合わせて
くるのだそうです。
そのシナリオには
楽しいことも 辛いことも
すべて 盛り込まれています。
なぜ 辛いことを経験するような
シナリオが書かれているのか というと
心の鍛錬をするため だそうです。
資産家の家に生まれ 美男美女に生まれるのは
イージーモード
まだ 心の鍛錬が出来ていない初心者向け。
辛い境遇に生まれてきたり
困難な事態が 次々に来るのは
ハードモード
心の鍛錬 上級者向け だそうです。
その考え方によると
私と彼女は 生まれる前に
シナリオの打ち合わせで会っていて
彼女が この年に亡くなって
私の心を ゆさぶるね。
と もう 決めていたのだそうです。
彼女の死を
私の人生の「意味のあるもの」に出来るか?
が
今回の課題です。
彼女は 考え事をするとき
ちょっと ほっぺを膨らまします。
30年も前のことなのに
色あせず 思い出されます。
素敵な人でした。