Noah(28) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

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そして両手で琢己の両肩をしっかり握ると、思い切って言った。


「琢己君、いい? 気をしっかり持って聞くのよ。私の腕時計に爆弾が仕掛けられているの。もう今からでは、どうすることもできないかもしれない。でも頑張ってみる。だから、いい? このことは皆には黙っていて。私は死んでも、皆の命だけは、絶対に守ってみせる。その代わり、私にもしものことがあったら、その時はあなたが一番年上なんだから、皆のことをしっかり守るのよ。いい? お願いよ」


突然の衝撃的な告白に、琢己は「そんな、そんな」とうろたえて呟くと、やがてべそをかき始めた。

しかし舞子は、そんな琢己の頬をぴしゃりと張ると、「男の子でしょ? 頼んだわよ」と言って、彼に喝を入れた。

すると琢己は、右手で涙を拭うと、うんと大きく頷いた。

舞子はそんな琢己を見て安心すると、そっと立ち上がり、席を離れた。

そして狭い通路を、前へ前へと、歩いていった。

するとその時だった。

突然舞子の左腕から、オレンジ色の光が発せられた。

慌てて腕時計を見ると、文字盤がオレンジ色に輝き、点滅を始めていた。

どうやら、もう時間がなさそうだった。

舞子は通路のすぐ前方に、小さな控室があるのを見つけると、急いでそこへ駆けていった。

そして力いっぱいドアを叩き、中にいるパーサーを呼んだ。

見るとパーサーは一人椅子に腰掛け、フライトスケジュールを確認していた。

パーサーは舞子に気づくと、何事かと、困惑した表情でドアを開けた。

舞子は彼女と顔を合わせるや否や「腕時計に爆弾を仕掛けられたの。もう時間がないわ」と告げ、その右腕を掴むと、そのまま外へ引っ張り出した。


「ちょっ、ちょっと。お客さん?」


パーサーが驚いて声を張り上げたが、舞子はそれを無視すると、すぐさま控室の中へと入り、そのまま内側からドアを締め、鍵を掛けた。


「お客さん、お客さん、開けて。開けてください」


パーサーが慌てて、何度も何度も外からドアを叩き、舞子に呼び掛けた。

するとその声を聞いて、キャビンにいた客たちもざわつき始めた。

一方、舞子は控室にこもったのはいいが、とたんに頭の中が空白になってしまい、一体何をしたらいいのか見当がつかず、「どうしたらいいの? どうしたら」と呟きながら、ただうろたえるばかりだった。

しかし腕時計の点滅は、容赦なく早まっていった。

もうタイムアウト寸前だ。

そう気づくと、舞子はとっさに、小テーブルに置いてあったポットを掴んで、思い切り小窓に叩きつけた。

しかし何度叩きつけても、小窓はびくともしなかった。


「だめか」


そう呟いた時だった。

ふと窓の外を見ると、青空の一部分が、四角形の形に白く輝いていた。

何事かと目を凝らして見ると、それは無数の白い羽のかたまりだった。

たくさんの白い羽が、きちんと四角形の形に整列して、空を飛んでいたのである。


これは奇跡。奇跡だわ。


舞子はそれを見て、勇気づけられた。

よしっ、もう一度やってみるのよ。

舞子は自分にそう言い聞かせると、再びポットを手にして、渾身の力を込め、小窓に叩きつけた。

すると奇跡は起きた。

小窓に、パキパキと亀裂が生じたのだ。

舞子は慌てて腕時計を取り外すと、亀裂の隙間から、それを外へと放り出した。

ほどなくして、ゴゴゴゴッと、すさまじい轟音が大気を震わせた。

と同時に、空一杯に大きな火柱が上がると、機体は衝撃で大きく揺らいだ。

するとその風圧で、亀裂が入っていた控室の小窓が粉々に砕け散った。

部屋の中はたちまち減圧され、ポットや食器、筆記用具といった、ありとあらゆる小物が、次々に窓の外へと吸い寄せられ、空中に吹き飛ばされていった。

舞子はドアの側にある取っ手にしがみ付くと、吹き飛ばされないように、必死で耐えた。

しかし吸引力はあまりにもすさまじく、舞子の体は、徐々に宙に浮いていった。

心配して、控室の側まで駆けつけてきた琢己は、そんな舞子の姿を見つけるや否や、絶叫した。


「ああっ、舞ちゃんが、舞ちゃんが。誰か、誰か来てくれっ」


するとその声を聞いて、子供たちもぞろぞろと集まってきた。

舞子が苦しそうな顔をして、懸命に耐えているのを見て、いてもたってもいられなくなった琢己は、ついにドアへの体当たりを敢行し始めた。

しかし、それを見たパーサーたちが、二人がかりでそれを止めた。

「ドアを開けたらだめよっ。そんなことをしたら、ここにいる皆が外へ吹き飛ばされちゃうのよ」


パーサーは無情にも、そう言って琢己を宥めた。

その絶望的な言葉が引き金となって、子供たちが「舞ちゃん、死んじゃあいやだ」と次々にべそをかきながら、舞子に声をかけ始めた。


「頑張って、舞ちゃん。死なないで」


真理子もたまらず、ドアの近くに駆けより、大声で舞子にエールを送った。

しかしそんな子供たちの願いも虚しく、とうとう舞子は力尽きた。

そしてふっと安堵の息を洩らすと、最後に琢己と真理子に、安らかな笑みを投げかけた。


「皆、さようなら。そして、ありがとう」


舞子は心の中でそう呟くと、ゆっくりと瞳を閉ざした。

そしてそっと、取っ手から手を放した。

すると舞子の体は、すっと窓の外へ引き寄せられると、青空へと吸い込まれるように消えていった。


「舞ちゃーんっ」


琢己と真理子が絶叫した。

子供たちも、その様を見て暫くは呆然と立ち尽くしていたが、やがてうわーっと、次々に声を上げて泣き始めた。

すると琢己も、がくりと肩を落とすと、そのまま床にひれ伏して大声で泣いた。


「なんでだ? なんで舞ちゃんが死ななきゃならないんだ? 生きる価値のない僕が、僕が舞ちゃんの代わりに死ねばよかったんだ。畜生、畜生―っ」


琢己は拳で、力一杯床を叩き続けた。

そんな琢己を、パーサーが優しく肩に手を置いて慰めた―

                         (つづく)

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