Noah(14) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

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その日は、暫く好天に恵まれていた相楽町も、久しぶりにどんよりとした曇り空に覆われ、寒々とした日曜日だった。

国武は午前中、近くの喫茶店で時間を潰しながら、一、二時間おきに施設の周辺を徘徊しながら様子を窺っていたが、別段新しい動きは見られなかった。

舞子は相変わらず施設に篭ったまま仕事に熱中し、一歩も外へは出なかった。


「これでは埒があかないな」


そうぼやきながら、国武は再び正午過ぎまで喫茶店で待つと、もう一度施設の様子を見に出かけた。

するといいタイミングで、舞子が仕事を抜けだして、どこかへ出かけようとしているのが目に入った。

慌ててワゴン車に乗り込み、徐行してそっと後をつけると、駅前で彼女はタクシーを拾った。

そしてタクシーが発進した後、国武も一泊間をおいて車を走らせると、気づかれないように間隔をあけながら、その後を追った。

すると三十分ほど走った後、タクシーは湾岸都市にある、閑静な住宅地で停車した。

舞子はそっとタクシーを降り、手にしていた紙きれを広げると、きょろきょろと周囲を見回しながら、ゆっくりと歩きだした。

どうやら、誰かの家を探しにきたようだ。

国武もワゴン車を道路脇に駐車させると、そっと降り、間隔をあけながらその後を尾行した。

すると舞子は、こじんまりとした分譲住宅地を、一軒一軒表札を確認しながら歩き続けた。

そして暫く歩いた後、ようやく目的地を探し当てたのか、煉瓦作りの家の前で立ち止まると、大きく深呼吸をして、そっと門の呼び鈴を鳴らそうとした。

ところが次の瞬間、人が出てきそうな気配を察したのか、慌てて隣家の塀の陰に、身を潜めてしまった。

やがて玄関から、若い夫婦が、幼い女の子の手を引いて出てきた。

そしてガレージに停めてあった乗用車に乗り込むと、どこかへ出かけていった。

車が走り去ると、塀の陰から舞子がそっと出てきて、その仲むつまじい夫婦を、寂しげな表情で、いつまでも見送っていた。

国武はその光景を見てぴんと来た。

あの夫が、六年前舞子が愛していた男に違いないと。

なるほど。

平凡ではあるが、誠実そうな男ではあった。

国武は悲しげな眼差しで、車が走り去った方角を見つめ続ける、舞子の姿を見つめながら思った。

あの男が原因で婚約者に別れ話を持ちかけ、その結果、話がこじれてしまい、舞子が婚約者の男を手に掛けてしまった―

というのが、公式な記録だった。

しかしその裏には何かがありそうだ。

するとやがて、舞子は俯きながら、とぼとぼとその場を立ち去っていった。

国武は、舞子が完全に視界から消え去ったのを確認してから、ゆっくりとその家に近づいていき、門の表札を見つめた。


「東良介か。やはりあの男だな」


この前、舞子の口から洩れた名前だ。

国武はふと思い立ち、ややためらいながらも、メモにペンを走らせた。


「舞子、帰る。連絡先095-877-97※※」


そうしたためると、メモをちぎり、門の手紙受けにそっとはさげた。

ふと芽生えた、おせっかい心のせいでもあったが、こうしておけば良介が舞子にコンタトを取り、二人の会話から、何か真相が掴めるかもしれなかったからだ。


「女房に見つからなければいいがな」


国武はそう独りごちると、ワゴン車に戻った。

そして暫く、頭の中を整理した。

まず、事件の被害者、藤堂俊英についてもう一度洗い直す必要がありそうだ。

六年前はどうであれ、舞子の物静かな性格からして、激情にかられるあまり、咄嗟に人を殴り殺してしまうほどの度胸など、到底持ち合わせてはなさそうだ。

むしろ、虫ですら殺せそうにないように見える。

一方、被害者の藤堂俊英はと言えば、聞くところではかなりのしたたか者だったようだ。

おまけに、欲しい物は何でも手に入れないと気が済まない、かなりのやんちゃ者だったとも聞く。

父親は、この国の代表的な財閥である、藤堂グループの会長、藤堂栄一郎だ。

藤堂グループは、大昔に営んでいた両替商で得た巨利を基に、新しく発足した政府と結託し、あらゆる公共事業に参画、その後一大コンツェルンを築くに至った。

俊英は栄一郎の三男で、随分と甘やかされて育ったようだ。

左足が不自由だったらしく、金属製のステッキをつきながら、歩いていたという。

この事件の凶器となった物だ。

酔っ払って、ふらふらと夜道をさ迷い歩いていたところを車に跳ねられ、その怪我がもとで左足の神経が麻痺してしまったらしい。

だが、なぜそんな男と、舞子は婚約をしてしまったのだろうか?

そもそも、二人が出会ったきっかけは何だったのだろう?

国武には、合点がいかないことだらけだった。

舞子は短期大学を卒業した後、港町にある小さな旅行代理店で、経理の仕事をしていたという。

そんなごく平凡なOLと、藤堂の接点とは?

「まずはそこからだな」

国武はそう呟くと、おもむろにジャケットのポケットからキーを取り出し、ワゴン車のエンジンを始動させた。

                              (つづく)

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