Noah(6) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

Noah(6)


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「実はね。お沙世さん、亡くなる前の晩、あなたに宛てて手紙を書いていたのよ。翌朝、そこの机の上に書きかけのこの手紙と、この羽が一本、置いてあったの。何の羽なのかしらね? 遺品は全て、従兄弟さん夫婦が持って帰ったけど、この手紙を見せたら、それはそちらで処分してくれって、そっけなく言われちゃってね。でも何となく捨てにくかったし、それで暫く持っていたの。でも本当によかったわ。あなたが訪ねてきてくれたんで、ようやくこれを手放せる。私も肩の荷が下りたわ」


おばさんはそう言って笑うと、そっと舞子に手紙と羽を渡した。


「ありがとう」


舞子はたまらなく嬉しかった。

親戚中から白い目で見られ、絶縁状態になっていたから、遺品を手にすることができるなんて、夢にも思っていなかった。

舞子はこの遺品を、一生肌身離さず持っていようと、心に決めた。

その日、宿泊先の旅館に戻ると、舞子はすぐさま、祖母の手紙を読んだ。

それには達筆な文字で、ほんの六行ほど、文章がしたためてあっただけだった。


「舞子へ。

私はどうやら、もう長くないみたい。最後にあなたに、本当のことを伝えなければならない時が来たようです。舞子、今まで本当にありがとう。あなたはおばあちゃんの心に翼をくれたわ。大きな、とても大きな翼をね。もろそろそろ、それを返さなくてはね。他人が何と言おうと、絶対に気にしてはだめよ。おばあちゃんには、あなたが過ちなんて犯していないこと、ちゃんと分かっているわ。だから安心して。あなたは」


残念なことに、文章はそこで途切れていた。

舞子には、祖母が何を言おうとしていたのか、さっぱり分からなかった。

最後に本当のことを伝えなければならないとは、一体何のことなのだろうか?

そして翼とは?

祖母の謎めいた言葉に、舞子の心は、霞がかかったように、ぼんやりとしてきた。

翼とは、あの羽と関係があるのだろうか?

ふとそう思った舞子は、手紙と共に残されていたという、その白い羽を鞄から取り出し、じっと眺めた。

すると、鋼のように固い羽骨に、綿のようにふわふわとした節が、上下左右に、美しく並んで繋がっていた。

その時初めて気づいたが、今までに見たことのない、不思議な形状をした羽だった。

一体、どんな鳥の羽なのか、見当もつかなかったが、珍しい動物の羽であることは、一目瞭然だった。

もしかすると、この羽に、祖母が何を言おうとしていたのか、その答えを導きだすための、鍵があるのかもしれない。

そう思った舞子は、翌日相楽町に戻ると、専門家に羽を分析してもらおうと、決心した。

さっそく、菊川に事情を話し、力になって欲しいと、懸命に頼んでみた。

菊川は、最初は突拍子もない舞子の依頼に、やや戸惑いの表情を見せていたが、舞子の真剣な眼差しに心を打たれ、力になることを決心した。

そして菊川は、母校の市立大学で生物学の教授をしている、早瀬という男を、舞子に紹介した。

舞子はすぐさま、その市立大学へと赴いた。

そして、学校が昼休みに入り、落ち着いた頃合いを見計らって、菊川から指定された教室を探し出すと、そっと中へ入った。

すると早瀬は、教室の片隅にある小机で、細々と弁当を箸で突いていた。

白髪混じりの、すぼらな感じのする、初老の男だった。


「あのう、深沢と申します。菊川さんの紹介で、まいりました」


舞子が声を掛けると、「ああ、あなたですか」と早瀬は後を振り返り、事務的にお辞儀をした。


「お忙しいところすみません。この羽なんですが、一体どんな鳥の羽なのかが知りたくて。それで調べて頂きたいと思いまして」


舞子は恐縮した態度でそう言うと、ショルダーバッグから羽を取り出し、そっと早瀬の前に差し出した。

早瀬は面倒くさそうに羽を受け取ると、ふむふむと頷きながら、じっと見つめた。

そして暫くすると、急に険しい顔で机の引き出しから虫めがねを取り出し、今度は細部に渡って、念入りに調べ始めた。


「ほおっ。これは珍しい。大きさから見て、恐らく猛禽類の物かと」


「猛禽類?」


「そう。鷲や鷹の類ですよ。形状から見て、翼の最前列にある、飛切羽でしょうな。しかし毛の質は猛禽類の物とは違いますな。こんなのは見たことがない。どういうことだ?」


次第に、早瀬の声が高ぶってきた。

その様子からすると、専門家の目で見ても、かなり珍しい鳥の羽であることが窺い知れた。

早瀬は狼狽して言った。


「申し訳ないが、即答はできかねます。もう少し時間を頂けませんか。その間、この羽は預っても?」


「ええ」


「そうですか。では、後日連絡を差し上げます。ええっと、あなたの連絡先は?」


舞子は慌てて、机の上にあったメモ用紙を拝借し、聖園養護院の住所と電話番号を書いて、早瀬に手渡した。


「それでは、よろしくお願いします」


舞子はそう言って頭を下げると、教室を出ようとした。

しかし早瀬は振り向きもせず、じっと熱心に、羽に見入っていた。舞子は、そのただならぬ様子に、一抹の不安を覚えた。

だが答えが出るまでは、謎のことは暫く忘れ、仕事に没頭しよう。

舞子は潔く、そう頭を切り替えることにした。

                               (つづく)

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