こんにちは。
先日、世界陸上400mハードル銅メダリストの為末大さんの書いた本を読みました。

諦める力
勝てないのは努力が足りないからじゃない
耐える人生か。選ぶ人生か。
表紙だけでとてもおもしろい。
実際読んでみても非常におもしろかったです。
“諦める”
この本を読む前まではマイナスなイメージを持っていましたが、実はそうでないと気付きました。
この本の内容を少し紹介します。
『諦める【見込みがない、仕方がないと断念する】
辞書で引くとこう記してある。
でも“諦める”という言葉の語源は“明らめる”だという。
仏教では、真理や道理を明らかにしてよく見極めるという意味で使われ、むしろポジティブなイメージを持つ言葉なのです。
こうした本来の意味を知ったうえで“諦める”という言葉をあらためて見つめ直すと、こんなイメージが浮かび上がってくるのではないだろうか。
「自分の才能や能力、置かれた状況などを明らかにしてよく理解し、今、この瞬間にある姿を悟る
」
諦めるということはそこで「終わる」とか「逃げる」ということではない。』
自分の高校野球人生でも思い当たる節がある。
入学当時の球速は128キロ、特別速いわけでもなかったが先輩や色々な情報で冬場のトレーニングを行えば自分の計算で135キロを投げれると当時考えていた。
変化球には自信があったので、そのくらいの球速を投げれれば目標である“エースになる”という目標を十分達成できる。
そんな考えを持っていた。
でも1年生の秋に肩の故障。2年生の8月にようやくマウンドに復帰した。だがその時の球速は120キロ。自分の代となり秋の新人戦ではスタンド応援、つまりメンバー外。
残り少ない高校野球人生でどうしたらエースになれるのか?毎日考えた。
新人戦が終わり練習試合で先発投手として出させてもらった時に一つの光が見えた。
肩の故障後今までボールのスピンが綺麗だったのに、汚い回転になりストレートが動くようになった。その動くボールを相手チームが打つあぐねた。
その時これだ!と思いました。自分が生きる道は速い球で押して抑えるのではなく、相手が嫌がる投球をすることだと。
正直速い球を投げたいという願望がありました。でも目標達成の為にはそれは邪魔な願望。だから球速を上げる事を諦めました。
この“諦める”という選択が後に私がエースになれた要因だと思います。
日本人は1つの事に執着しそれを続けることが美しいと感じる人種。
たしかにそれも素晴らしい事だ。
でも自分をしっかり分析し、その目標は達成できるのか、そのやり方で達成できるのかを深く考え、
目標ややり方を諦めることも生きる上で大切だということもこの本を通じて学びました。
ぜひ皆様も読んでみてください(^-^)