なんかよく無限に議論されてますよね、これ。
個人的には男女の恋愛は友情から発展したものが1番理想的だと考えています。何かこんなこと言ってたギリシアの哲学者いなかったっけ。
この恋愛の仕方をみて、「(初めは)成立している」とも言えるかもしれないですし、最終的に恋愛に発展していることから、「成立しない」ものとも言えるかもしれませんね。
ともかく、自分の考えを煩雑に書いてみます。大きく分けて2つ。まあ、色んな人の意見のパクリなんですけどね。そんなもんでしょう。
ちなみにこれは、「恋愛関係に発展し得るような魅力のある人間同士」の話をしています。「あの人、面白いけど〇〇だから、付き合うのは絶対ないよね〜(異性としての魅力0)」みたいなのは考えてません。まあそういう奴に限って付き合ったりするものかもしれませんが。
1つ。まず、最近リベラル化の反動でしょうか。非常に男女の性差というものが無視されている気がします。これが話をややこしくしているのではないでしょうか。
日本人とアメリカ人で友達になる時を考えましょう。当たり前ですが、言語や文化、あるいは肌の色まで、色々なものが違います。それを認識した上で、互いに尊重することで初めて友達になれることでしょう。知らんけど。
男女も同じで、男女は同じではありません。最近の男女平等運動みたいなものの一部は、そこを無視して(目を瞑って)男女を無理やり一緒にしようとするから色んな議論が捻じ曲がるんです。平等であることと、同じ(ように見せかける)ことは違うでしょう?
「(男女の性差を理解した上で互いに尊重できれば)男女の友情は成立する」、とりあえずの答えです。
まあ、これをみれば、男同士、女同士のような友情とは少し違う訳ですから、「(同性同士のような)男女の友情は成立しない」という人の気持ちもいくらか理解はできる気はします。どれだけの差があるかはわかりませんがね、、、
それからもう一つ、「好きの感情がきちんと分化されてない、未熟な人間」には男女の友情は難しいのかもしれません。こういう表現で合ってるかは分かりませんが、この動画を見てそう納得させられました。
↓これ
https://youtu.be/mqSI6HnLFco?si=yvy9aD55Kv2mdREt
動画をみろ、と一蹴すれば終わりですが一応。
生まれ持った人間は単純な感情しか持ちませんが、成長し、知識と経験を得ていくことで感情が様々に分化していきます(マイヤーズの心理学)。「ドキドキして不快なもの」は、やがて「怒り」と「恐怖」と細かく分かれていくように。
「好き」も同じで、「性愛的」な好きと「友情的」な好き、あるいはそれ以外の好きとやがて分化していくものですが、前述の通りそれには十分な知識と経験が必要です。それを経ていない人間には、異性に向ける「好き」が「性愛的」なものなのか、「友情的」なものなのか分からず、手を出してしまうのかもしれません。それ故に「男女の友情は成立しない」のでしょうか。
書いてたらよく分かんなくなってしまったけど……
「『好き』という感情が分化されておらず、男女の性差を理解することもできないような未熟さのある人間には、男女の友情は成立しない」というところでいかがでしょうか。
でも、未熟な人間の方が多いんじゃないのかなあ……僕?さあ…………大学入学当初の異性が全部エイリアン状態の僕からすれば、異性を異性とみれる余裕ができてよかったねとだけ…………言うほど異性としての魅力は無い人g(ry