あまった時間の正体。
昨日の土曜、そして今日の日曜。
なぜか時間にとても余裕があります。
で、なぜそんなに時間に余裕があるように感じるのか。
ここにつながっていました。
毎週末、仕事が休みの日は父の病院に行っていたからです。
そうです、日常に戻ったら戻ったで、静かにでも確実にぽっかりと穴があいてました。
去年の7月。
父が救急車で運ばれて、でもうちは両親ともに救急車で運ばれたことがあったので
そんなに大変なことじゃない…って思ってました。
その日呼んだのも、トイレで倒れてしまい、床に置いてあった花瓶がわれて
その破片で腕を切ってしまい、出血したから呼んだのです。
それが、『肺がん』といういきなりの宣告。
あたりまえのことですが
まさか、自分の家族がガンという病気におかされるなんて考えてもいませんでした。
たしかに、夜寝るときになると、ん?って思うほど咳をしていたし、すこしずつ痩せてきてはいました。
その時に、すぐに病院に連れて行っていればよかった…。
今の時代。
いくら医療が進んで、ガンも治る時代
と言われても、やはりこわい病気にちがいはありませんでした。
『余命』
これも良し悪しだな…とも感じました。
うちは、父本人には伝えていませんでした。
ですが、だからこそこの日まで生きれたとも思います。
余命を宣告されてもね、それは非現実的な話であって
いま自分の目の前で元気に話している、その人の姿が現実なんですよ。
でも、ひとりになると「いつまで生きててくれるんやろ…」っていう気持ちもあるのはたしかで。
なんかね、その日が来るのを待ってるような気もして、とてもいやな日々でした。
たばこが原因で、肺気腫が進んで肺がんになった父。
父の家系は、ガン家系ではありません。
わたしも以前は喫煙者でした。
やっぱりガンの原因になるんです、たばこは。
肺に影がある。
と言われて、大きな病院に行く前日までたばこを吸っていた父。
その時に、「たばこ吸えて死ねたら本望やわ」って言ってました。
でもね、緊急入院と言われて入院したその日。
「おそらくガンです」と宣告されたその日。
父がぼそっと言った言葉を、忘れることはないと思います。
「生きたいなぁ…」
あまりに自然すぎて、流してしまいそうだったけど
それは本当に本心だと思いました。
自分がガンだとわかってからの日々、どれだけの恐怖にさらされていたのかを考えると
今でも胸がつまって苦しくなります。
闘おう!と強く思っていても、毎日一分一秒、ずっと強い気持ちを持ち続けれる人なんていないはずです。
家族が苦しむ姿なんて、つらくてたまりません。
しかし、それと同時に家族のつながりが強くなりもしました。
それまでは父に冷たく接していたわたし。
悔やむばかりです。
でもね、今だから思うのです。
まわりの友人たちの家族へ対する態度を見ていても、以前の自分と似ていて
家族ってそんなものなのかな?って思ったりもするのですが
うっとおしい、って思うことも多かったりしますよね。
でも、そのうっとおしいって思えるのはしあわせな証拠だと思いました。
こんなみんなが苦しくなる病気なんて、なくなってしまえばいいのに。
不思議なこともいくつかありました。
去年倒れたのが7月21日。
うちの母の誕生日が7月28日なんです。
倒れる2~3日前。
父が帰ってきて、「ちょっと早いけどな!」って言って
母にケーキを買ってきたんです。
もちろん誕生日ケーキ。
単なる偶然かもしれないけど、何年もそんなことをしなかった父が送った
誕生日プレゼント。
亡くなる2日前のできごと。
病院で、父と母とわたしの3人で話していました。
その時の話題は、両親の知り合いの40代の方が
ご主人から暴力を受けたりして、離婚を考えているという悩みを打ち明けられたという話をしていました。
どこの家庭も、外部にはわからんだけで
いろんな問題があるんやなーって。
で、「まぁ、お父さんもこんな気の強い女と結婚せんかったらよかったって思ってるんちゃうん?」って
冗談で言ったときに、いつもなら失笑するだけの父なのに
「いや、そんなことないで。わしはよかったって思ってんで。」と言ったんです。
そのあとにわたしが、「自分が今こんなふうになってしまったからそんな風に言うてるんやろ!?」って
また冗談で言ったら、ぶっ!と吹き出して、声をあげて笑ったんです。
あんなに笑った父を見たの、何年ぶりかでした。
その時は、まさか2日後に亡くなるなんて思ってもいないし
いつも家で、こんな冗談ばっかり言って笑っていた家族なので
その日も何気ない笑い話だったんですよね。
しかし
その言葉は、母にとって最高で最後のプレゼントとなってしまいました。
だけどなんなんでしょうね。
こんなタイミング。
ただの偶然だろうけど、そうとは思えない出来事でした。
父の病気がわかってから
その病気について知りたい衝動と、現実を知りたくないという気持ちの狭間で
揺れ動いていました。
そして、このアメブロで知ったひとりの女性。
その方のところで見つけた、ことば。
この言葉の意味、重さ…
今、痛感しています。
その女性の方も、ガンと闘われていました。
健康であれば、一日なんてあっという間、そして来て当たり前の明日。
その一日の重みをかんじて生きてかないといけないとつくづく思ったのです。
あなたがつまらないと思っている今日。
それは、きのう亡くなった人が
どうしても生きたいと必死に願った今日です。
今日は、そんな今日なのです。
正直、まだまだ父がいないということが信じられません。
昔の写真を見ては、涙を流すこともあります。
なんか、わからなくなって、倦怠感に襲われ
そんな感覚と闘う気も失せて、なにもしたくなくなります。
でも前を向いて、進んで生きます。
こわいこわい、紫外線。
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