2010.06.03
実は先日、6月3日に伯母が他界しました。
伯母は、18歳のころから関節リウマチを患っていて
68歳で亡くなったので、50年間その病と闘っていました。
5年前からは、赤芽球癆(せきがきゅうろう)という血液の難病にもかかっておりました。
リウマチだけなら外科的なものなので、命がどうこうとかまったく考えたことなかったのに
血液の病気にかかってからは、みるみる弱っていきました。
赤芽球癆は、赤血球が体内で作れない病気だったので、3週間に1回のペースで輸血をしていて
輸血をすると、鉄分が体の中に蓄積されるんですね。
しかし、人間の体というものは、鉄分を体外へ排出する能力は備わっていないようで
その鉄分が体内にたまって、多臓器不全を起こしている状態でした。
一時は、肝臓が悪くなっていたため、認知症のような症状も出たりして
家族みんな心配してたのですが、最後はそんな症状もありませんでした。
やっと1年ほど前から、体内の鉄分を溶かす薬もできたようで
わたしの伯母は間に合いませんでしたが、これから同じ病で闘っている人が
助かればいいなと切に願います。
父のときもおなじことを思ったのですが、病気で亡くなる方は大勢いらっしゃると思うんですが
その死が無駄にならないよう、今後の医学が発展すればいいなと思います。
最期は、原因不明の痛みが伯母を襲っていて
『もう50年がんばってきてんから、逝かせてほしい』と周りに言っていた伯母。
もうね、家族がそんな言葉を口にすると、つらくてつらくてたまりませんでした。
ただただ、見ていることしかできないわたしたち。
息を引き取ったのは、入院していた病院なのですが
そこの病院には20年弱お世話になっていたので、いままで伯母と関わった看護師さんたちが
次々に顔を見に来てくれて…。
亡くなる一日前から意識不明になっていたのだけど、看護師さんが一生懸命話しかけてくれると
意識のないはずの伯母の呼吸がすごく荒くなるんです。
なんなんですかね、やっぱり伝わるんでしょうね、人の気持ちというのは。
そして、伯母も気に入っていた看護師さんがいてたのですが
その方、意識不明に陥ったときから亡くなるまで、一日以上ずっと病院にいてくれたんです!
そして、亡くなってからも一時間もかけてエンゼルケアをしてくださって
その後病室に戻ると、亡くなった直後の顔と違って、伯母の表情が笑顔なんです。
本当に笑顔。
わたしたち家族全員が、息をのむほどのいい顔をしていました。
納得して逝って、お世話になった看護師さんたちに最期までよくしてもらってうれしかったんやろうな…って
こっちにまで伯母の気持ちが伝わってきました。
病院を出るときも、ほかの階の仲の良かった看護師さんたちまで涙を流しながら見送ってくださって
ずっと入退院の繰り返しでつらいことの方が多かっただろうけど、でも幸せやったんやな、ってすごく感じました。
そこまでしてくださった病院関係者の方に本当に感謝しました。
一年経たない間に、家族が二人も減ってしまった我が家は
とても淋しいです。
なんか、喪失感が大きすぎて、ショックなんだけど
もうなにも考えれない。というか、考えることさえしんどくって…。
今日、父の一周忌を終えましたが、直近に伯母が亡くなったこともあって
父の存在が遠くの方へ行ってしまいました。
わたしたちから離れて、本当にあっちの世界へいったんかな…。
伯母といっても、生まれたときからずっと近くにいたので
二人目の母といったかんじの存在でした。
痛みや苦しみからやっと解放されて、むこうで楽しんでるかな。
うちの父もいるし、おじぃちゃんやおばぁちゃんもいるし
きっといい世界なんやろね。
ゆっくりしてね。
父、伯母へ。
わたしたちはまだこっちの世でやることたくさんあるようなので
もうひと頑張りします。
また何十年後か、順番にそっちへ行くと思うけど
その時は、近くまで迎えに来てね。




