こんにちは。
バタコです。

芥川賞受賞作である若竹千佐子さんの
「おらおらでひとりいぐも」を、読みました。



バタちゃんは、漫画はよく読みますが、本はめったに読みません。
(胸を張って言う)

著者の若竹千佐子さんは、55歳の時にご主人を脳梗塞で亡くし、
現在63歳だそうです。
バタちゃんより少し年上で配偶者を亡くし、未亡人8年目という事です。
夫を亡くして8年経ったらどんな風な気持ちになるのかなと、
それが知りたくて、この本を読む気になりました。

ネット上のあちこちの書評では、
タイトルの東北弁の「おらおらでひとりいぐも」を
「わたしはわたしでひとりで生きます」と解釈しており、
歳をとるのが怖くなくなった、とかレビューがあるので、
ひとりで強く生きていく話なのだと思って、読み始めました。

最後まで読んで、バタちゃんにはそんな風には思えませんでした。
賞をもらった本のレビューは、あてになりませんね。

主人公が、75歳の設定と思えないほど、高齢者に感じました。
すべて主人公の頭の中の会話で、他者とのかかわりは娘や孫との会話部分ぐらい。
ほとんどひとりですごす、コミュニケーション下手のおばあさん。
体が動くうちは、こんな風にはなりたくないです。
夫のために生きたかもしれないけど、社会のためには生きていなかったようです。

ほぼ全編が主人公の独り言、
少し気が触れたのでは?と思うぐらいの主人公の孤独、悲しさを感じました。
どちらかというと、「ひとり逝ぐも」のニュアンスではないかと。
笑うところは、おれおれ詐欺にひっかかったとこぐらいでした。
やはり、高齢でひとりだと寂しいのだ、と、思いました。

あと、悲しみを知る前とその後では太い線が引かれたぐらい別の人になった、
とか、歌詞のある歌を聴けなくなったとか、
虫は自分で退治する、とか、「未亡人あるある」が。

夫の死を受け入れるためとはいえ、
夫が死んだのは自分を一人で生かせるため、
喜んでいる自分もいるみたいなくだりは、自分本位な考えで、
書いてはいけないことだと思いますね。
逆に言うと、「夫が居たから好きなことができなかった。」ということになりますよね。
夫が居ても好きなことしてる人はわんさかいるのだし。
それだけ、夫に尽くす人だったという事でしょうか。

著者のインタビュー記事で、「ふっきれ感を書きたかった」みたいなことを
言っておられたのを見かけましたが、
小説からはふっきれ感を感じませんでした。
芥川賞受賞で何かふっきれたんじゃないでしょうか。

老いや死ぬことに対する覚悟や葛藤、亡き夫への細かい心理などは
上手く書かれていて、引き込まれて一気に読めました。
女性視点の、中年以降の女性向けの本だと思いました。

文章を書くというのは大変なこと、
夫を亡くして8年目の人が、小説を書いて前向きに生きているということが、
本の内容よりも励みになると思いました。