ちょうのブログ

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高校生2年の頃、小田実氏のべ平連の活動に感銘を受け、自分も何か出来ないだろかと、うろうろとしていた時、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、ピート・シーガーの歌に出会いました。
彼らの歌は衝撃的で、感動した私は、「歌で、今すぐにでも世の中を変えられるのでは…」とさえ思いました。
当時、ボブ・ディランの歌を訳して歌っていた高石友也氏に出会い、門をたたき、高石氏のバックバンド・フォークキャンパーズに入り、その後「五つの赤い風船」に入って音楽活動を始めました。
しかし、フォークブームの中に流されて行く自分をに疑問を感じて、自分らしい何か違う表現方法はないかと探しているうちに、子供達にメッセージを伝える演劇の道を選びました。
妻と二人の劇団ですが、30年以上続けてまいりました。
還暦を過ぎ、少し振り返って見たとき、私は「世の中を変える」ほどの表現をして来たのだろうか?…そう、まだまだやれることがあるのではないだろうかと気付き、もう一度、「思い」をちゃんと歌でも伝えよう、そして行動しようと今回の「めざせ東京!…」を計画しました。
私にとっての再出発の旅でした。
そこで出合った人たちは、温かく迎えて下さって、声には出さないまでも私の「反原発」の思いをしっかりと支えてくださいました。
みなさん!本当に有難う御座いました。
We Shall Overcome.勝利の日まで…ではなく「私たちは克服しなければ、越えなければならない!」 の思いです。
これからも、どうぞ応援のほど、宜しくお願い致します。


☆11月7日
朝10時過ぎに家を出発。
今回もできるだけ高速を使わずに、下道を走る。
向日市から24号線に出て、南下。
163号線~伊賀上野を通り、名阪国道を抜け、1号線に入り、名古屋入り。
全く初めてのコースだったが、天気もよく、のんびりと走って、第一日目の会場「源」に到着。

http://live-gen.musical.to/

「源」は、住宅街の一軒家。
小ぢんまりとしたスペースで、アットホームな雰囲気がいい。
ライブの始まる前に、FBフレンドの浅井さんからCDを手渡される。
!!!なんと!!!
1972年7月22日、名古屋市公会堂での「五つの赤い風船・見おさめコンサート」の客席での録音版であった。
その年の11月7日・愛知文化講堂「五つの赤い風船・フィルムコンサート」での、西岡たかし氏、IMOバンドの演奏のCDまで頂いた。
$ちょうのブログ-見おさめチラシCD
1972年7月22日名古屋市公会堂「五つの赤い風船・見おさめコンサート」チラシ、CD他

名古屋の「五つの赤い風船」のコピーバンド「はいびすかす」のメンバーも駆けつけてくれました。
次回は「風船祭り」ができたらいいね!と、心弾ませて別れました。
ちょうのブログ-源
@名古屋「源」

ライブが終わって、少し興奮気味なので、以前立ち寄った事のある、「U-ree」に寄ってみる。
若い人達のオープンマイクでの演奏を聴き、心を鎮め…ようとするが、歌わずにいられなくなり、2曲歌う。
ちょうのブログ-U-ree
その上に、ベースで参加してセッションまで した後、近くの駐車場に泊めて置いた車に帰り就寝。

☆11月8日
駐車場で目が覚めた僕は、スーパー銭湯の朝風呂を目指して移動開始。
1号線には、いろいろあるのは分かっていたが、どこも10時からなので、途中でコンビニの駐車場で仮眠。
コンビニのおでんとオニギリとサラダで朝食を取り、スーパー銭湯へ。
汗を流し、髪を洗って、按摩器に座ってうとうと…。
昼近くになって、移動。
ちょっと横道の旧東海道の松並木を通過。
ちょうのブログ-東海道松並木
旧東海道松並木

岡崎公園で、観光。
岡崎城は、イケメン武士集団がいて、おっかけの女性達がタムロしているという珍風景に遭遇。
観光地もいろいろ頑張っている…が、誰も使わないであろう、お城型の公衆電話ボックスが御バカに見える。
ちょうのブログ-岡崎城
城型電話ボックス

4時ごろに宿のお世話になる、西原氏宅に到着。
西原氏は、44年前、私が高石友也氏のバックをしていた写真を送ってくださった、ディープなフォークフリーク。
$ちょうのブログ-1968浜松市民会館
浜松市民会館・1968年5月23日「高石友也&フォークキャンパーズ

西原さんの探究心は止まる事を知らず、ずっと音楽にかかわる仕事をされていて、某大手メーカーのミキサーの設計技師に。
自宅には、なんと!部屋の中に組み込んだ自作のスタジオまで完備。
ちょうのブログ-西原宅ST01
西原さん宅の部屋に組み込まれたスタジオ
$ちょうのブログ-西原宅ST02
かっこいいなぁ~!
うちの「STUDIO LEEK」もこうすればいいのだが、今にも崩れ落ちそうなマンションの中に作ってももったいないので諦める…。

ライブ前には軽い食事を…と、気を使って頂き、「遠州焼き」なるものをご馳走になる。
$ちょうのブログ-カモノハシ
遠州焼きのお店「カモノハシ」
ちょうのブログ-遠州焼き
遠州焼き
遠州焼きは、大阪育ちの僕には駄菓子屋で食べた10円のお好み焼きを思い出させる懐かしい味だった。
ただし!遠州焼きは「沢庵」が入り必ずウスターソースで仕上るものだそうです。
あっさりと、ぺろっとたいらげてしまいました!

そして、「なんでモール」に到着。

http://www.nandemall.com/cafe/cafe-top2.htm

$ちょうのブログ-なんでモール旗
なんでモール
やわらかな雰囲気の中でライブの開始。
感謝の思いが溢れ、ちょっと緊張しながらも、ゆっくりとはじめる。
ちょうのブログ-長野@なんでモール
ライブ開始

第二部は
「外夢&多夢」と、「2つの赤い風船」のベースサポート。
アンコールは外夢&多夢のお二人+会津さんとで「遠い世界に」をシングアウト!
会津さんのベースが歯切れよくって気持ちよく歌わせていただきました。
こういった気持ちいいことを体験すると、グループがやりたくなるんですよね~。
ちょうのブログ-遠い世界に@なんでモール
外夢&多夢+会津さんと…。

ちょうのブログ-なんでモール記念撮影
「なんでモール」ありがとう!

http://p.tl/BPFH

ライブ後、西原さん宅にて打上げまでしていただき、ご馳走に昔話に花が咲きました。
ちょうのブログ-浜松打上げ
お疲れ様~! 皆さん有難う御座いました。

翌朝、西原さんご夫妻が「夜のお菓子・鰻パイ」工場見学に連れて行って下さった。
新幹線が出来た頃から、父の土産で食べていたおなじみのお菓子だが、工場見学ははじめて。
30分もかからない見学コースだが、記念の「鰻パイ」が貰えるので客足は耐えない。
楽しくて、おいしい、大人の工場見学を楽しませていただきました。
ちょうのブログ-鰻パイ工場
ちょっと息抜きです~ぅ。

名残惜しいが、西原御夫妻と別れをつげ、次の会場へと向かう。

☆11月9日
快晴!伊豆半島の東海岸、伊東市に向かう。
少し雲が懸かっているものの、富士山が綺麗に見える。
ちょうのブログ-富士山
富士山がみえると、なぜか一日いいことがありそうな気がしますね。

気持ちよく下道を走っていたのだが、ナビの情報では、入り時間に間に合わない事が判明。
慌てて、東名高速に乗り、沼津まで走る。
お陰でちょっと早めに伊東市に到着。
道の駅で早めの夕食をとり、会場「天使の遊Viva」へ向かう。

http://mjtown.net/viva/

共演者のDonyaさんこと土屋さんと、ジローさんが既に会場付近のレストランでスタンバイ。
私の到着と共に、音響機材を搬入。
3人のセッションをするには、マイクなどの持ち込み機材が必要だったようで、Donyaさんが用意してくださったのだ。
それほど大変なセッティングではなかったのだが、とても暑かったので、汗だくになってしまい、着替えをしてステージに立つ。
お客さんは、フォークソングがどうの、風船がどうのと言うのでなく、コメントや歌に一つずつ反応してくださって、客席と会話をしながらの楽しいステージになりました。
Donyaさんは、新宿ゲリラの元祖的存在だと判明。
長く信念をもって歌っている人の歌は力強い!
共演して下さった「ジロー」さんは、高校生の頃からの五つの赤い風船のファンで、凄く感激してして、何度も何度も「うれしい!」と言ってくれましたが、車の運転があるので、一緒に呑めなかったのが残念です。
ちょうのブログ-天使の遊Viva
天使の遊Viva

泊まりは伊東の道の駅の駐車場。

☆11月10日
ちょうのブログ-伊東道の駅
伊東・道の駅

朝起きて、朝風呂に入っていると、工事関係の職人さんらしき人達の会話から、土日の東京方面に行く道路は大渋滞になると言う情報を得る。
高をくくってのんびりと猿回しやジャグラーのパフォーマンスを楽しんでいると、見る見るうちに人が増えてきた。
慌てて、ドライブモードに車内を片付けて、茅ヶ崎へ向かう。
確かに、熱海付近では対向車のラッシュと渋滞。どこの干物屋も満員。
ちらちらと目に入ってくる「きんめ鯛の煮付け定食」 の看板が気になったが、ここを抜け出さなければ!と、唾を飲み込んで通り過ごした。
…と、言うのは強がりで、2500円の定食は手が届かない。
おかげで、茅ヶ崎には昼過ぎに到着。
リバーサイドのゴルフ場の横の林の小道で昼寝をしたり、ネットのチェックをして夕方まで待つ。

久しぶりの茅ヶ崎「BOTCH BOTCH」

http://www.botchy-botchy.com/blog/

この日は、オープンマイクの日。
マスターの米田さんと相談の上、私が飛び入りで投げ銭をしてもらう形にしてもらいました。
ちょうのブログ-BOTCHYソロ
@BOTCHY BOTCHY

ソロライブが終わって、皆さんお待ち兼ねのセッションタオム!
ちょうのブログ-BOTCHYセッション
いろいろなスタイルと、歌が楽しめて楽しかったです。

また行きたくなるライブハウスの一つです!
ちょうのブログ-BOTCHY記念写真
皆さん、楽しかったですね!

終わって、中野の旧知の友、山野氏宅へ向かうものの、御バカナビのため迷路に入り込み電信柱に車を擦り付けながら脱出~。東京を甘く見ていました。
偶然にも、迎えに出てきてくれた山野氏・山ちゃんと遭遇!
やっぱり縁があるとは、こういう事なのだと再確認。
興奮冷めやらず、二人で酒盛り。

☆11月11日
妻・森川あやこと有楽町駅で落ち合う。
京都・伏見から来る人たちとも無事に合流。
ちょうのブログ-反原発横断幕
バイバイ原発・横断幕

日比谷公園に向かう。
ちょうのブログ-そぞろ歩き
本当に人が集まるのか心配だttが、横断幕をみて、日本各地から集まってきた人たちに声を掛けられて、安心する。

ちょうのブログ-反原発大飯君と
遠慮がちな大飯君とも記念撮影。

和やかに「そぞろ歩き」をしていたのだが、空気が一変する。
一塊になってシュプレヒコールをしていた人たちに向かって、警察の宣伝カーが近付き、高飛車に解散を命じる。
「私は丸の内警察署長である!
あなた方の行為はデモと見なされます。
直ちに解散しなさい!
○時○分、警告いたしました!」
一瞬にして、警察官達とのにらみ合いがはじまり、罵声が飛ぶ。
「それがどうした!」
山ちゃんも叫ぶ{かえれー!かえれー!」
ちょうのブログ-警察と小競り合い
しかし、主催者の若い女性が「おまわりさんがうるさいので、ハタを下ろしてくださ~い!」
と、優しい声で 訴える。
安保闘争で闘ったであろう老人達は、ふと我に帰り、旗を降ろし粛々と前進しだす。
それでいい…。あの「私は丸の内警察署長である!」といきり立っていた人たちへの反撃は、大量の人たちの整然とした大行進なのだ。
3時近くになると、国会の回りには大勢の人たちが集まりだしたが、妻・あやこと山ちゃんとで、下北沢のライブハウス「Lownラウン」に向かう。

http://lown.jp/

雨が激しくなる。
お客さんが少ないので、マスターの奥さんと子供さんが客席に座って聴いて下さる。
温かな空間でライブがスタート!
ちょうのブログ-LOWN
lownラウンのあったかいステージ

そこへ飛び込んできたのは、国会前反原発行動に参加していた「たけしレッドタイガー」こと宮本たけし衆議院議員。
しまった~!大雨の中の搬入だったのでベースを降ろすのをすっかり忘れていたー!
たけしレッドタイガーは一緒に演奏すると言ってくれていたのに何と言う事か…。
でも、レッドタイガーさんは、そんなことには、気にも留めずに、アフターを一緒に楽しんでくれました。
ちょうのブログ-LOWNレッドタイガーと
たけしレッドタイガーの乱入!

http://blogs.yahoo.co.jp/yatuasagitarou/65996283.html

ちょうのブログ-LOWN記念撮影
牟田さん、Fさん有難う御座いました。

私たちの帰ったあとも、楽しいアフターは続いたそうです。

マスターの吉田さん。物静かですが、とてもいい雰囲気を作ってくださいました。
ちょうのブログ-LOwn吉田さんと
感謝!

11月12日
約12時間かかって自宅に到着(どんだけ仮眠を取ってるンや~!…と、お叱りの言葉もなく時差ぼけ気味で帰宅)
沢山の人との出会いと再会。
お世話になった方たちの顔を忘れないためにざっくりとしたノートですが記しておきました。
皆さん本当に有難う御座いました。
まだまだこれから歌い続けます。
宜しくお付き合い下さいませ。

お土産を沢山戴き、ありがとうございました。
チビチビと楽しませて戴いております。
m(__)m
ちょうのブログ-おみやげ
ワインは、夫婦で乾杯をして、一番に無くなってしまいました~。
最近、ドライアイがひどく、30分も画面を見られなくなったため、日記やブログをあまり書かなくなり、ほとんど写真や短いコメントになってしまいました。
しかし、やっぱりライブ告知はちゃんとしておかなくてはと、こちらのブログも使わせて頂く事にしました。

■9月29日(土)

■場所:「ふり~ぴ~ぷる」

大阪府寝屋川市萱島東2-15-4
連絡先:090-1968-8474
info@furi-pi-puru.join-us.jp

■時間:20時スタート

■出演:長野たかし、森川あやこ

■チャージ:\1500-

アフターライブ有ります!
長野もベースで参加します。
みんなでワイワイやりましょう!


$ちょうのブログ-ふりーぴーぷるフライヤー
7月15~19日、共産党京都文化後援会の誘いを受けて「京野菜と文化お届け隊」のメンバーとして福島県南相馬市の仮設住宅に歌いに行って来ました。

2012年7月15日7:00、新都ホテル前集合。約13時間かけて、南相馬市原町に入る。
夜の原町は他の地方都市と同じで、車の量は少ないが、コンビニの照明が煌々と点けられ、日曜のせいか、おなじみのファミレスやファーストフードの店には沢山の人が入っていた。
一見、まるで何も無かったかのような錯覚に陥りそうだ。
私達も、ファミレスで遅めの夕食をとり、活動拠点の現地ボランティアセンターに転がり込み、無事に着いたことを祝して乾杯して、就寝。

16日は2ヶ所の仮設住宅で、シャンソン、人形劇、民謡、詩の朗読、フォークソングと、盛りだくさんのステージのあと、京野菜(万願寺唐辛子、茄子、きゅうり、トマト、玉葱など)京都の画家や版画作家の作品や、寄付で集めた京都の工芸品、絵本などをプレゼント。

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仮設住宅の看板には「応急」と必ずついている。
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「応急」ということは「とりあえず」と言うことだから、必ず別のちゃんとした所を用意すると言う事なのか?
それとも、元の場所に帰れるようにしてくれるということなのか?

17日も仮設住宅の集会所2ヶ所での公演のあと、原発から10km~20kmにある小高区に向かう。
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ここは昼間だけ立ち入りが許されている、線量の高い地域だ。
津波被害の瓦礫は整理され、道路や電線などは綺麗に整備されているが、だれも住むことのできない土地が広がっている。
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原発に近いところは、かなり線量が高いのだろう。崩れた家や道路、車が放置されたままになっている。
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津波によって、二階部分が丘の上に流されて来た家
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昼間の立ち入りが許可されて、家の片付けに来ている人と話ができた…と、言うより、私達をみつけてどうしても話を聞いて欲しいといった感じで出てきてくれた。
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彼女は「完全賠償の会」に入って、62人の仲間と共に国と東電に、人災であることを認めさせ、除染をして3.11以前の状態に戻るまで、月額一人頭45万円の賠償をするよう提訴している。(45万円は車の自賠責を基準にしているとのこと)
穏やかな語り口調の中にも「なんとしても負けない!」といった気骨を感じさせられた。

原発から10kmのところには、警官が常駐して近づく者を検問している。長い時間停まると走ってきて免許証の提示を求められ、いろいろ調べられると言うので、急いで手前のわき道に入る。
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でも、手薄のところがあり、浪江町の町はずれまで行くことはできる。
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誰もいない町…鳥の鳴き声だけが聞こえ、不気味に静けさが漂う町。それだけに、あらためて目に見えない放射能の恐さを感じさせられた。
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