かなぽんの姉、子宮頚部腺癌の闘病記です。
転院先の病院は、姉の自宅から
電車で1時間
車で1時間半~2時間
の距離にありました。
救急車で運ばれてから、母も父も私もへとへとでした。
悪い夢を見ているような気分でした。
転院した後、姉の麻痺はますます広がり、
ついに腕以外動かすことができなくなりました。
首は骨折の為、コルセットを着用。
胸から下の感覚は全くなくなり、腰も据わらなくなりました。
指も10本ほとんど動きません。
何かをつかむこともできなくなりました。
皮肉なことですが、
ついにカテーテルをつけることになり、
おむつをすることになりました。
便も自力では出せないので、自然に出なければ
看護師さんによる摘便が行われました。
改めてCTをとり、頚椎に放射線治療が行われました。
これは、首のがんの進行をとめる処置でした。
主治医となった先生は、30代になったばかりの
若い先生でした。
とても優しくて、前向きな言葉を多くかけてくれる
先生でした。
母は、
「優しさも医療のうちだよね・・・」
私は返事のしようがありませんでした。