一日一笑でストレス解消 ~笑ってもらえるネタを日々提供 -19ページ目

一日一笑でストレス解消 ~笑ってもらえるネタを日々提供

日常のクスッと笑える出来事を綴ります。

笑うことは大切です。
笑いは免疫力を高めますし、ストレスも軽減します。
思考も前向きになり、良いことばかりです(^^)
30数年間パニック障害を患ってますが、一回一回笑うようになって、かなり良くなりました^ ^

庭にダイソーで買った庭園ライトをつけていますが、ほとんどが3ヶ月で壊れる。


原因の一番は浸水。


庭園ライトだから防水対策はしているだろうと思い込んでいたが間違いだった。。

仔細に観察したらケースとソーラーパネルの間に隙間がある。そこから浸水していたのである。


隙間を木工ボンドで埋めてやりました(ΦωΦ)

木工ボンドの良い点は乾くと透明になるところ。


第二の原因はトランジスタの劣化。

トランジスタは数円とかなり安いから、まとめ買いしておいて都度交換すれば良いのですが、100均の品にそこまでする気がサッパリ起きない(´・ω・`)





アマチュア無線機を貰いました。

無線にハマったのは今から約15年程前ですが、電波が好きなのは小学生の頃から。

その頃は無線全盛期でしたが、無線設備は小学生が買えるシロモノではなく、仕方なくひたすらテレビの遠距離受信に挑戦していた。と言っても金はないので、針金でアンテナを作っていた。
知識ゼロで作るシロウトアンテナだから遠距離受信が成功するはずはない。

当時、私は愛媛に住んでおり、8時だよ全員集合が全盛期なのに民放が2局しかないため放映されていなかった。それが見たいが為に時間があれば針金アンテナを作製していた。

天候の具合でたまにノイズ混じりで映ることはあった。
何度目かで目をうすめるとノイズが目立たないことを発見した。
この発見は後々、思春期を迎えた折にモザイクを目立たせないことに役立つこととなった。
母親がストッキング越しに見てもノイズが目立たんで!と教えてくれ、ストッキングを頭から被って見たこともある。
この発見は幸いにも思春期以降に活かされることはなかった。

その後、香川県に引っ越し、ついにクリアな画質で全員集合を見ることができるようになった。
この時、愛媛では香川の電波を受信していたのを知り、電波の飛ぶ距離に驚いたのを覚えている。

これで薄目もストッキングも必要ない!!と嬉々としていたら、日曜日にサザエさんが映らないことが発覚。当時、香川はフジテレビ系列の放送局は近隣では岡山にしかなかったのだ。
かろうじてノイズ混じりで見ることはできたので、引き続き薄目とストッキングの生活である。

ある日、迎えに老夫婦が越してきた。
屋根を見るとムカデのような見慣れないアンテナが立っている。
近所の電気屋に行き、あのアンテナはなんぞや?と聞いた。そしてサザエさんが見れるアンテナだと分かった。
早速、オヤジにそのアンテナを買うようにお願いしたが、聞き入れてもらえず。。
サザエさんだけを見に、老夫婦宅に行く!と言ったが当然却下。
それから毎日、羨望の眼差しで向かいのムカデアンテナを見ていた。

果報は寝て待て。
ついに香川でもムカデアンテナ無しでフジテレビ系列が受信できるようになる!という吉報が入った。
開局日、私はテレビの前に陣取り、ノイズが消え、クリアな画質になる瞬間を待った。
あの時の感動は今でも鮮烈に記憶している。

その後も、テレビ大阪の受信(一度しか行ったことがない大阪なのに、なぜか大阪へのかなり強い憧れがあった)をする為に専用アンテナを親にねだり、拒否され落ち込んだり、高校生になり、それまでに貯めたお金で大阪と広島のFMを受信する為にアンテナ等の機材を揃えたりした。

そして、18歳の春、私は関西のテレビが映る兵庫の学校へ進学した。
もう毎日がパラダイス。ただ一つ、大阪のFM802が受信できないのが無念だった。
しかし、電波はテレビやラジオだけでなく、数えきれない程の場所で使われている事を知り、学生時代は広帯域受信機という装置で様々な電波を受信することに熱中し始めた。
コンサートでアーティストがワイヤレスマイクを使いますが、その電波を受信し録音した事もあります。

このように明るく健全な学生時代を過ごし、念願の大阪へ進出。

その頃もまだアマチュア無線人口は多く、大阪は周波数に空きがない状況だった。
争い事も多く、これでは機器を買っても楽しめないと感じて免許を取得をやめた。

数年後、訳あり香川に戻った。
その頃は新しいコミュニケーションツールであるPHSやガラケーの全盛期で無線人口はかなり減っていた。
特に地方は周波数が空きだらけ。
これなら快適に無線ができると思い、免許を取得した。
全てのお金を無線に注ぎ込み、ベランダにアンテナを6本も立てたりしたので、ご近所さんの中には私が某国のスパイと思っている人もいたらしい。

その無線もスマホというかなり便利なツールを手に入れたことにより次第に興味が薄くなり、ついには廃局してしまった。

あれから10年。
デジタル通信ばかりになった世の中で、再びアナログ通信に惹かれ始めた。
全て自前の設備で如何に遠くまで電波を飛ばすか。
再びチャレンジしたくなった。

理由はもう一つある。
災害時の連絡手段の確保である。
デジタル通信は災害に弱い。
もし携帯やスマホが使えなくなったら、どう外部とコミュニケーションを取る?
確かに無線人口は少ない。
しかし、今いる無線家はコミュニケーションのベテラン揃いであり、また人生経験も豊富である。
必ずや良い助っ人になってもらえるはずです。

開局まで何週間かかるか分かりませんが、その日が楽しみです^ ^