昨年から実習、就職活動や論文に追われ、本を読む機会がめっきり減っていたのですが(言い訳がましい((+_+)))最近また読み始めましたо(ж>▽<)y ☆
時間が空いたところを見つけて適度に読めばいいのに、一気読みしないと気が済まないもので、休日丸一日かけて2冊読んでしまったり。
でもこれも、いい本に出会えたおかげで、集中して読むことができるんですよね、うん。
素敵な文章のおかげで私の心は、滝に優しく洗われた気分です。
「自分を不幸にするのも、幸せにするのも自分だ」
少し言い方が違いますが、作中に出てくる女性の言葉。
私なりの解釈(主に前後の文の意味合いも兼ねますと)は、100人があの人は不幸だと思っていても、その人自身が幸せだと思っていたら、幸せ、100人、あの人は幸せ者だと思っていても、その人が不幸だと思っていたら不幸。
人の生き方色々で良いといのは、ここに当て嵌まるのではないでしょうか。
私はこれを読んで、ふと中日のベテラン陣、また他チームのベテラン陣のことを考えました。
なぜ引退しないんだろう。引退したら、今まで築いてきた多くの実績に囲まれながら、大勢に惜しまれ、まるで英雄のような扱いを受けるのに、だとか。
チームから言われないまでも、自分で感じると思います。足を引っ張ってるのではいないかと。
そんな中、どうしてあの多くの感情で溢れ、罵声が飛び交う球場で、プレーできるのでしょうか。
私には、それが不思議でたまりませんでした。
勿論、それがなくては生きていけないだとか、そんなことにいちいちかまっていたらプロじゃないとか、そういう理由もあると思います。
でも私には、ぼろぼろになっても、自分にふと限界を感じた時も、野球をしている喜びを幸せと感じているのではないかと思えてしょうがないのです。
球場にいる3万人以上のファンから、どんなことを思われようとも。
テレビを見て、新聞を見て、肩を落としている人がいようとも。
自分は凄く、幸せなのではないでしょうか。
それを思った時、そういう選手を、心の底から応援したくなりました。
全然不幸なんかじゃない、恰好悪くもない。
幸せを掴んでいる人たちなんだ、そう思いました。
新人の選手は、多くの夢や希望というスポットライトにあたっている。
ベテランの選手は、自然発光、というものでしょうか。
何か言い方が悪い気もしますが、個人的には、こうかなと思っています。
はい、主観でした!
今日は中止でしょうか。兵庫もどしゃぶりです。
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痛そうだったなあ。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。







活躍できそうな感じでしたε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ










今みてもドキドキする







外人か

」と罵声を浴びせたくなるくらいの打席結果。