WWE解雇後、2005年2月に全日本プロレスの「ジャイアント馬場七回忌追善興行」に参加し
その後本格的に全日シリーズにも参戦し、TARUが首領を務めるVOODOO-MURDERSの一員として大暴しました
先に参戦していたWWE時代のタッグパートナーであったジョニースタンボリーと再び合体!
息の合ったタッグプレーを見せ、また、入場テーマ曲はFBI時代と同じでした
2005年のチャンピオンカーニバルでは、武藤敬司を破る活躍を見せました
その間にも、イタリアやメキシコの団体に参戦するなど精力的に活動しました

その後2006年3月初頭に、ダークマッチでRVDと対戦!、その結果、3月12日にWWEと正式に再契約を結びました

しかし、その後はダークマッチや下部団体で数回試合を行う程度で、
1年以上経っても本格復帰はしていなかった。クリエイティブから長い期間自宅待機の指示を受けていた時期もあり、
いわゆる飼い殺し状態にされていたことになる。
2007年4月末頃から、毎週のようにダークマッチで試合するようになり
ついに5月25日にWWE前座番組HEATにて復帰

再契約から実に約1年2か月という長い期間を経て、ようやくTVショーに姿を見せた。
以前よりビルドアップしており、長スボンにリストバンド・肘サポーターを黒に統一させた格好でバイクに乗って入場するなど、
アメリカンバットアス時代のアンダーテイカーのようなスタイルに変身。
この復帰戦では多くの歓声を受け、チャーリーハースをフルスロットル(変形フェイスバスター)で撃破。
7月よりスマックダウン、所属として登場し、その後表立った抗争相手がいない状態が続いたが、
9月にミシェルマクールをマネージャーにつけて登場。
2008年2月に行われたRoyalRumbleに10番手として出場し、ジェイミーノーブルをジャングルキックでリング外に落としたがCMパンクに脱落させられました

その後WCWがWWFに買収され、新境地をWWFに移し、シェインマクマホンがオーナーとなった新生WCWの所属となり、
WCW&ECW連合軍アライアンスのMemberとして活動し
WCW時代からのパートナーショーンオヘアとともにタッグ戦線に殴り込みをかけるが、
層の厚いWWFの中では活躍できず、オヘア自ら2軍行きを志願したためタッグを解消
その後WCWタッグベルトもアンダーテイカー&ケインのBrothers Of Destructionに奪われました
その後パルンボは、しばらくしてアライアンスを追放されてWWF軍に入り、
ビリーガンに弟子入りすることになる。2人の関係は次第に深まり、師弟の関係を通り越し、男同士でありながら愛し合うようになってゆく

髪を金髪にし、お揃いの赤いパンツに赤い鉢巻をしたゲイギミックのタッグチーム「ビリー&チャック」が誕生しました
互いの美しさ(主に筋肉)を褒め合い、時には怪しげに絡み合う男と男の筋肉ワールドを展開。
トリーウィルソン&ステーシーキーブラのディーバーコンビとポージング対決を行ったり、
男同士で結婚式を挙げたり、バレンタインデーでは互いにチョコをプレゼントしあうなどの路線に進んでいました、
しかしながらWWF世界タッグ王座を2度に渡って奪取するなどし
活躍しました


しかしビリーの長期欠場によりタッグ解消。
しばらくシングルプレイヤーとして活動し、ナンジオ、ジョニースタンボリーと共に、旧ECWを発祥とする「純血イタリアン」小規模マフィア「F.B.I」(フル ブラデッド イタリアンズ)を結成
それに伴いチャックはヒールターン
ヴェンジェンス2003にはAPA主催酒場マッチに出場
その後はアンダーテイカー、ジョンシナ、リキシなどと抗争
3人の絶妙なチームワークで徐々に人気を得て、ベビーにフェイスターン
「F.B.I」の人気がで始めた頃、自身のRAW移籍により「F.B.I.」を離れ、またシングルプレイヤーに戻る
途中から「カスタムチヨッキーP」と名を改名して活動するも、あえなく解雇されました

お待たせしました
チャックパルンボの事書きます
本名はチャールズロナルドパルンボ(^w^)

リングネーム、チャックパルンボ、チャック、
カスタムチャッキーP、ザデュード、ジャングルジム

チャックパルンボ(Chuck Palumbo)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ロードアイランドウエストワーウィク出身のイタリア系アメリカ人です
愛称は「チャッキー」、または「チャック」苗字は正確には「パランボ」と発音します
(FBI時代はイタリア語風にパルンボとアナウンスされてました)(o^∀^o)

プロレスデビューは1998年。ザデュードの名でインディー団体で試合をしてました
その頃に一度だけWCWのマンデーナイトロに出場しています
それから6か月後にWCWパワープラント入り
その抜群の身体能力で、わずかな期間のトレーニングでWCWデビューを許されたスーパールーキーでした
デビューまでは密林の野生児ギミック、ジャングルジムしてテスト試合をしていました
そしてしばらく若手や中堅選手主体の番組で活躍した後、WCWの生放送番組にも呼ばれるようになり、
早くからレックスルガーのライバルに抜擢され、「The Main Event」のニックネームをつけられるなど将来を嘱望されていました

ショーンスティジャクとのタッグ(ザパーフェクトイベント)ではWCWタッグ王座に3度輝き、ビンスルッソーが仕掛けたエリートルーキー集団NBT(ナチュラルボーンスリラーズ)のメンバーとしても活躍しました
同じMemberでもあったショーンオヘアとのタッグでもチャンピオンとして君臨しました
その後、パルンボ&オヘアに嫉妬したスティジャクとマークジンドラックが反発し、NBTは解散する。
WCW最後のマンデーナイトロでは、マイクオーサム&ランスストーム(チームカナダ)との試合に見事勝利し、WCW最後のタッグ王者になりました(^w^)