怒り、悲しみ、無力感、涙が溢れた。
この少女の命さえ救えない私達の国とは、一体なんなんだ。
「もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします
これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします」
おおよそ5歳の少女が綴ったとは思えぬほどしっかりした文章。
少子化対策とはなんぞや。ちゃんちゃらおかしい。この幼気な少女すら救えない国に例えば拉致被害者など救えるはずもない。米朝首脳会談も森友、加計もアメフトもドンファンだってもうどうだっていい。結愛ちゃんを返して欲しい。
トランプ、ジョンウン、安倍、籠池、佐川、内田、束になってかかったって少女の命に敵わない。
先の戦争を肯定し美化する風潮が跋扈し、憲法改正、もう一度戦争できる国に。自衛隊員が災害救助に尽力する姿はようく分かっています。だからこそ彼らを戦地に送りたくないじゃないですか。大体からしてお偉いさんは机の前に座って指示を降すだけで最前線に向かわないじゃないですか。そうして彼らは戦後も生き残った。
先の戦争では数々の殺戮、虐殺、掠奪、搾取、性暴力、慰安所だって事実として少なからずあったんですよ。戦争だからどこの国でもやっていたとは言うなかれ。我が国においてもそれらを行い近隣諸国民に害を及ぼした国民性と歴史は決して美化できない。謝罪の気持ちを子々孫々まで忘れたら再び大東亜共栄圏建設に向かい、世界を巻き込んだ大戦は起こり得ますよ。
私は思う。多くの殺戮のうちで最も罪深いのは日本人が日本人の命を蔑ろにし3百万超の犠牲を出したこと。特攻、玉砕、万歳突撃、理不尽な自決、原爆、大空襲、果ては1億玉砕と来たもんだ。呆れ返るね。例えば1億玉砕を果たしてあなた1人が生き残ったとして、どうしようと思ったんですか?例えば東條英機さん、それで勝ったんですか?国民に死を前提として数々の命を降していたのは紛れもなく日本人ですよね?あらゆる局面で部隊や国民を見捨て、子供に関して言えば、沖縄戦で鉄血勤皇隊、護郷隊と称し、訳も分からないまま年端も行かない少年達まで前線に送り出しましたよね?こうして同朋による同朋への殺戮は行われた。今の北朝鮮なんて目じゃないよ。足下にも及ばない。美しい国を標榜し建設しようとする権力者の心根は、過去、現在、未来において全て薄汚れている。彼らが覆い隠す汚れたものの中にこそ美しい国が存在している。
「これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします」
人はなぜ地位を築き権力を掌握し、それを保持しようとし、人を操り、搾取し、何かあれば自己保身、他者の犠牲は厭わない、そしてこの世界の片隅に生きる素朴な人々の生活を奪い、命を蔑ろにしようとするのか。そもそも人の生きる目的は何なのか。生まれて来た理由は何なのか。
遊びをせんとや生まれけん
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるれ
5歳の子供なら純粋無垢に人間の本性ではないのか。あほみたいに遊ぶ姿が正しいのではないか。
南相馬で余命半年を告げられても被災地の医療に尽力した高橋享平医師は確かこんなことを言っていた。
「子供の遊ぶ声がしない町に何があるのか。子供は未来だからね」
大人だって遊び心や浮かれ心を持ち続ければ、あほみたいに我を忘れて遊ぶ子供に魅了される。そして惜しげもなく権力者から譲り受けた銀の猫をその子に授けるだろう。
浮かれいづる
心は身にもかなわねば
いかなりとても
いかにかはせん
お前が言うなとは言うなかれ。5歳児なら遊べばいい。浮かれればいい。あほな大人もこれ然り。
御国の為にと死んで行った、死を強要された同朋達は間違いなく無駄死にだった。今の私達には到底できないし納得できない。別に惜しい命でもないし生きていたくもないけれど、なぜか死ぬことも出来ない。でも結愛ちゃんの遺稿に目を通したら、御国ではなくこの少女の為だけにだったら、代わり身となるべく桜花で空を飛び、震洋で海を駆けてもいいと思った。
戦争のない平和な国と言っても我が国だけのお伽話だが、忘れてならないのは私達は例え直接でなくとも、日常的に間接的に人の命を蔑ろにし奪っている。結愛ちゃんもその1人だったのかもしれない。
妻子を縁台から蹴落とし出家を果たしたのか、虐待を繰り返した養父は毎日経文を唱えていたという。私達に彼女の遺稿を残していたことはせめてもの償いだったのだろうか。
故高橋享平先生曰く「僕はね、津波で無念の中、死んでいった人達のことを思えば、自分の命なんてどうでもいいと思っている。明日死んでも大丈夫」
独裁者、財務官僚、監督、少年兵、呉の人々、パパとママ、産婦人科医、人間とは一体なんなのだろう。
地獄のような日々にもかかわらず、少女が私達に書き残してくれた前向きに生きようとする決意表明が突きつけられた時、愕然とした。そして悲しみと自らの不甲斐なさに涙が溢れた。
あしたのあさは
きょうみたいにじゃなく
いっしょうけんめいやるんだ
あしたはぜったいやるんだ