ベランダーセット

ついに、行動に出た。
55年間、僕はこんな僕が来ることを、ずっと待っていた。
「トマトの苗はありますか。」勇気をもって、ドイトの店員さんに尋ねた。
少々お待ちくださいといって、PHSで確認をしている。
「申し訳ありません。トマトは4月の中旬になるそうです。」
うれしかった。あっさりあしらわれるかとドキドキしたが、大丈夫、店員さんと会話になった。
「よし、準備だ。」気を確かにした僕は、店頭広場から店の奥に入っていった。

Long boots
 軽量にしてフィット感は抜群、履いた途端に足が勝手に動き出すくらいである。足首あたりが引き締まったスタイリングは、このまま銀座を歩いても、誰にも違和感はもたれないだろう。値の下がる物は、安かろう悪かろうで、履いていると、足に空気がまつわりついて疲労しやすく作業に支障をきたすこと大だ。

Gloves
 紅の甲と、藍の掌との色合いは、お互いを引き立たせ、スタイリッシュ感をいっそう明確なものにしている。装着感は、手袋しているのを忘れてしまうかのごとくである。

Schop Shovel
 握ったら、すでに僕の体の一部になっている。スコップの背面を反射する光は、これから始まる「農」というドラマに希望を与えてくれる。

Watering pot
 いかなる条件にも対応可能な注ぎ口は、限りあるスペースのベランダ菜園にはもってこいだ。流線型をした器から注がれる水は、土を、葉を、花を、そして強い思いを、潤していくことだろう。

 僕は、そもそも買い物にいって、満足に物が探せたことがないので、思っていたものが、手に入るのは、まさにパズルを一つ一つ組み立てているような新鮮な感覚だった。総計5,160円、品質にこだわった結果だ。こんなにも自発的な買い物をしたのは、この年になって初めてかもしない。
 レジを済ませて、帰ろうとすると、片隅に僕を見つめるものがいた。
「トマトの種 16粒」だ。
ここにいたのか、君は。苗でなくていい、種から育てよう。僕は手をのばし、再びレジに向かった。今回の買い物は、しめて5,320円になった。

 意気揚々と店を出る僕は、鼻息も荒く興奮を抑え切れないでいた。
 暮れなずむ街に向かって大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。