「1年は長いか短いか。」という問いに対して
「そんなのその人の過ごし方やないかい」というのは妥当な答えでしょう。

では、「20年は長いか短いか」って問われたら?
おそらく先ほどの回答は決して妥当でないだろうなと。

人生の4分の1。
まして20代半ばの人間にとってみれば、その長さは人生のほとんどを占めるわけです。

ある踊りの団体のお話をひとつ


「細川会」と呼ばれる民謡舞踊団体が雫石にございます。

創設は39年前。
初代会主が40代半ばで立ち上げた団体は民謡舞踊において研鑽の日々を過ごし、民謡舞踊というフィールドにおいて、全国でも有数の確たる地位を築いている団体です。
その歴史変遷は華やかなもので、海外公演や全国規模での賞レース、各所から受ける公演依頼、
果ては、毎年行われる県民会館での単独公演会。
研鑽の歴史の上に咲いた華は今もなお華麗にして大輪。
これからも明るいスポットライトを浴び続ける団体なのです。


その「細川会」に幼少期から所属したのが萌美。
26歳にしてキャリアは24年。
細川会の「踊り」に魅せられ、細川会の「人」に恩義を感じ、細川会の「誇り」を受け継ぐひとり。
そして、盛岡に住みながら、雫石との縁を絶つことなく、24年の長き日を細川会とともに歩み、団体を支えてきたひとり。
団体の中の一個人という立場でありながらも今現在、「細川会」の浴びるスポットライトの真ん中にいることは間違いない。
団体の名を背負って踊ることに喜びを感じ、その役目を果たしてきたことは誰もが知るところ。
彼女は自身の価値を、自身の長い経歴の中で積み上げていったのでした。


一方、この度、細川会の「三代目」を襲名した彩乃。
キャリア13年の25歳。
会主細川チエ子を祖母に持つ彼女は中学生の時に踊りを始めます。
その縁ゆえ、彼女は常に「課せられる」道を歩くことに。
彼女より長い経歴の同世代が多い中で、舞台の花形を任されることが多かった彼女。
ともすればそれを良しとしない人もいたでしょう。
常に「次期」という言葉が付きまとう彼女はその重圧と闘い続けたのです。
決して強気なわけでない彼女がその中で続けていくことの苦悩と、その中でも得られる喜びは誰も知る由はないわけで。
彼女は自身が置かれた立場の中で、強い意志を持って花を咲かせるのでした。


同じ「若駒」というチームの中で純粋に稽古に精進し、同じ志を持って華やかな道を共に歩く彼女たちに節目が訪れたのは
平成27年4月5日、岩手県民会館で行われた発表会。
飯田彩乃の名前の上に「三代目」という冠がついたのです。


次の世代の代表が自分でなく、彩乃であることに何の疑いもなく祝福の拍手を送る萌美。
その一方で彼女の中に生まれている感情は喜怒哀楽で分類できるものではなく、筆舌に尽くしがたい複雑な想い。

萌美が20年以上「細川会」で踊りを続けたのは決して何かになりたかったからではない。
会主を継ぎたかったわけでもないし、ただ、「細川会」が好きでその中で得られる経験と気持ちがかけがえのないものだったから。

だけど、20年以上の月日の中で培った経験は細川会への愛であり自信でもある。
誰もがそれを認めており、それを軽んじる人は一人もいない。
自分のアイデンティティに細川会が深く根付いてるという自負もある。

明示された「三代目」という言葉
しっかりと映し出された細川会の「未来像」は萌美が思い描いていたそのものであった。
しかし未来に向かって明らかになった道筋は決して「過去の延長」ではない。
萌美にとっても。
彩乃にとっても。

これこそが「節目」なんだろうなと。

何も変わらないように見えて、きっと今までよりもシビアになってくる現実。
自分の意志とは連動しない周囲の思い。
今まで出来たことが出来なくなるかもしれない。

ただ、彼女たちが歩んできた月日は伊達じゃない。
過去の延長よりももっと華やかな道かもしれない。


24年
平日の居酒屋で萌美が見せた涙
踊り人生の節目を感じて出た涙。
美しく熱い、未来を輝き照らす特別な涙。

誰もが感じられるわけではない特別な想いは彼女たちにしかわかりえないもの。

あるいはこれからの彼女たちもこの気持ちは二度と感じられないのかも。




だとしたら


結論
「20年は長い。」