第1話  「待ち合わせ」







「おい、早まるな!悪いことは言わないから降りて来い!」


これでいいんだ。


「君はまだ若いじゃないか!生きてみなけりゃ分からない!」


うるさい。通りすがりのお前に何が分かるんだ。


「何があったか知らないが…そりゃ嫌な事だってあるだろう。
でも谷があれば山もある。きっと同じだけいいことも…」


うるさい。うるさいうるさいうるさい。


「君が死んだら悲しむ者がいるだろう。落ち着いて考えてみろ。
今まで出会ってきた人たちの顔を思い出すんだ。」


悲しむ人ね。そりゃ何人かはいるだろう。

僕だって友達が居ないわけじゃないし…




特にお袋には申し訳ないと思う。
親父が若くして逝って以降、今までこんな僕を
女手一つで育ててくれた。


それに―





が、そんなことなんかもはやどうでもいい。
僕は人生に絶望した。
理由は色々あるが、とにかく僕は自分の人生に絶望した。


だから…


「ともかく馬鹿な真似はやめて早く下に降りてき…
ああ”あ””ーっっっっ””!!!!!!!!!!」



お前たちは何も分かっちゃいない。
これでいいんだ…
これで…











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全ての始まりは半年前のあの日。
残暑というにはあまりに過酷な暑さの残る、8月も末の頃。


はいつものように、定刻通り17時30分に都庁の庁舎を出た。
昨今の年金不正受給問題で、担当部署はてんてこ舞い。

厚生労働省等の役人も多く出入りしていて、都庁全体にどこか物々しい雰囲気が漂ってはいたが…
生活安全課の僕にはほぼ関係ない。

言ってみれば、地域の住みよい街づくりを実現するための部署であったが、
その守備範囲の広さゆえ、逆に言えばこれといった特徴もない仕事である。

不満はなかった。
自ら望んで入った都庁。
希望して配属された部署だ。


給料こそ高くはないが、決して低い安いわけでもない。
しかも65歳の定年までクビになる心配もない。
土日だってキッチリ休めるし、なんせこうやって毎日定刻通りに帰ることが出来る。

僕のような人間を「しがない公務員」とでも言うのだろう。
だがこんなご時勢、人生安全運転に限る。
平凡な幸せを確実に掴んでいくのが何より賢い生き方だと思う。

多くを望んだところで、それを掴むのに必死になりすぎて、気づけば時間ばかりが流れていく。

「夢」や「希望」と名づければ聞こえはよいが、
そんなものは生きていく上で思い出にしかならないのが世の常である。


僕が若くしてこんな堅実、悪く言えば卑屈で味気のない人間になってしまったのは、
過去のある出来事に遡らねばならないのであるが、そのことはまた後で話そうと思う。










18時前とは言え、まだまだ気温は30度を上回っているのだろう。
新宿駅まで早足で歩を進めているうちに、Yシャツは汗でびっしょりになった。

まるで皮膚の一部であるかのように肌にまとわりつく感覚が、なんとも言えず気持ち悪い。
コンビニで立ち読みでもして、汗が引くのを待とうか…と思ったりもした。

だが今日だけは急がねばならない理由があるのだ。



六本木駅に着いたのは18時30分。約束の時間まではまだ少し余裕があった。

駅の中のトイレで身だしなみを整え、香水を1プッシュ。
髪形も決まってる。ネクタイも曲がってない。
あっ鼻毛は出ていないかな?よし、OKだ。


待ち合わせ場所の蜘蛛のオブジェに向かう。

気がつけば陽は落ち、熱を失った風が火照った体に心地よかった。
空の低い位置には消えかけた夕焼けに混じって、十六夜の月が顔を出していた。





18時50分。まだあと10分ある。
僕は手帳を開き、今日のスケジュールをもう一度確認する。
もちろんほぼ頭の中に記憶してあるが、念には念を入れて。

まず19時に待ち合わせ、近くの庭園をゆっくりと散歩。
19時30分から、高級イタリアンレストラン「ジローラモ=ジロリアン」でディナー。

そして21辞30分にビル最上階の展望台に移動し、特別に用意したVIPルームへ。
驚く彼女の肩を抱きながら、しばらく夜景を二人きりで堪能したあと、僕は言う。

「お楽しみはこれからだぜ」

…これでは少年漫画のキザな野郎か。 こういうやつはだいたい雑魚キャラなんだ。

「見せたいものがあるんだ」

シンプルにこれで行こう。ここで笑われたりしたら雰囲気が台無しだ。


すると僕の合図でボーイがシャンパンのボトルと花束、そして小さな宝石箱を持ってくる。

シャンパンを二つのグラスに注ぎ、乾杯。
僕が何食わぬ顔で夜景を眺めていると、彼女はしばらくしてそわそわしながら尋ねる。

「何、これ?」

「ふふ。開けてみてくれないか」

「…いいの?」

「うん」

カパ

「!!えっこれ…」

「結婚してくれないか、M子」

彼女の手を強く握りながら僕は言う。
指輪にはこう刻まれている。



    FOREVER FORNEVER LOVE From N to M




FOREVER FORNEVER...
日本語にすれば、いつまでも終わらない愛、と言ったところだ。

彼女は何が起きたか分からない、といった顔をしているが、やがて僕の手を強く握り返し、

「嬉しい。はい、喜んで…」
と瞳を潤ませながら言うんだ。



さあ、お楽しみはこれからだぜ!



「実は、もうひとつ見せたいものがあるんだ」

「えっ」

「見ててごらん」


僕は、VIPルームの窓から正面に見えるビル群を指差す。
時刻は22時29分。

56秒…57…58…59……


すると、ビルの明かりが全部一斉に消える。
次の瞬間、

        
     M子、ずっと愛してる 8/30 N



明かりが左から少しずつ灯り、メッセージが浮かび上がる。
最初赤色だったそれは青に黄色にピンクに…七色に色を変えながら点滅する。

正直指輪よりこっちのほうがお金がかかってしまった。
だが彼女にとっても、僕にとっても最高の日にするためだ。
コツコツ貯めてきた貯金だが、いくら使っても惜しいことはない。


完全に言葉を失った彼女。
潤んでいた瞳からは、堪えきれず涙がこぼれる。
そして僕の首筋に両腕を回して、

「私も愛してるわ、N」








その後はホテルのスイートルームへ。
否応無しに盛り上がる二人の気分。
心なしか僕のあそこも盛り上がってきている。

僕は彼女をベッドに押し倒し、強引に服を剥ぎ取った。

「あぁ…、N…電気を、、消して」
恥じらいを残した彼女の両腕を無理やり押さえつけ左手で乳房を揉みしだきながら右のちくb







ブーブーブー




その時ケータイのバイブ音が19時を知らせる。
気が付けば約束の時間になっていた。



はっ

やばいぞ、股間が本当に少し盛り上がってしまった。
早く元に戻さないとヤバい。



そろそろ彼女が来る頃だ。






続く