私のオーストラリアでの生活は
なんて、
三十路を越えた女子の妄想
またもや変な妄想
最近、仕事で超多忙を極めているため
それは手伝わないよ、と事前に言っていた
水槽関連の作業(引越しのため、クローズするのです)を
私がほとんどやる羽目になっていますが
忙しさの分担、と心得
運命を共にしようと思います。涙
留学→結婚→残留
という流れできていますので
こちらで暮らすのも
かれこれもうすぐ足かけ6年になります。
強がりや負け惜しみでなく
正直、自分にはこちらの生活の方が合っている気がします。
こちらでは
基本的に個人主義なので
人に合わせる必要があまりありません。
また
良くも悪くも
外見から思いきり外国人なので
『暗黙の了解』
を期待される場面は少ない
と言いますか
ちょっと合せるべき場面で
合せきれてない場合でも
『外国人だから』
という免罪符を与えて頂ける場面もあります。
ですから、
素直に
自分を曲げるとかでなく
仲良くしたい
和を大切にしたい
という思いを持って
自分らしくしていれば
よほどのKYでなければ問題なく交われるように思います。
と、
本題から話がずれてきましたので
戻しますが。
日本での思い出というのは
確実に薄れつつあり
結婚もして
いろんなことが変わりましたので
自分の人生を振り返ると
日本時代、オーストラリア時代、と
BC とADのように
かなり劇的な違いがあるように感じています。
また
元より
過去に執着しない性格も手伝って
あまり
『あの時は良かったなぁ』
と思い出すことはまずありません。
現在は結婚に伴う環境の調整期間と言いますか
外国にて専門職復帰を目指すのに
随分手間取ってちょっと失速気味ですが
それまでは常に目標があって
どちらかというとストイックに生きてきたこともあり
いつも今が一番いい、
と思っていまして、
昔に戻りたいと思ったことはありません。
それは今も揺るぎないのですが…
今日、
恐らく
芸能人やミュージシャンを除いて
人生で一番、強く憧れた人を
偶然に見かけました。
Facebook で。笑
ほら
Facebookって、
知ってるかもしれない人候補、
みたいなのが出てきますよね?
そこに突然の登場。
学生だった当時の
実習先での直属ではないのですが
目上の方でした。
人柄も仕事ぶりも本当に素晴らしい方で
その部署での信頼・人望も厚く、
学生である私にも
敬意を持った接し方をして下さいました。
特に見目麗しい方というわけでもなく
見るからに真面目で人柄の好さそうな方でしたが
当時の私には
プロとして完璧な仕事ぶりをされていらっしゃる姿がとても眩しく
尊敬せずにはいられない
+
まだ乙女と呼べる年頃だった私は
強烈なまでの憧れの気持ちがあり
報告や何かでお話する機会があった時の
緊張感と言ったら
それ以前もその後も
あんなに緊張したことはないのではないか
というほどの緊張ぶりでした。
廊下ですれ違う時なんかも
きっと赤面してしまっていたのではないか
と思います。
その後、
その方は私の先輩に当たる方と
ご結婚されたと聞いていますので
きっとお幸せな家庭を持ちながら
今も第一線で活躍されていらっしゃることと思うのですが
後にも先にも
あんなに心震えた恋心というのは
あの時だけだったなぁと
懐かしく思い出してしまいました。
しかし、
いずれにしても
世界がひっくり返っても
私なんかには
到底、手の届くお相手ではないのですが
万が一何かの間違いで
うまくお付き合いするようなことがあって
結婚するようなことになっていたとしても
それでも
おそらく
今ほど幸せにはなれなかっただろうな、
と思うのです。
万が一、
そうなっていたら
私は
少しでも相手に相応しいように、
と
常に気を張り、
努力努力努力
の毎日になって
今の旦那さんとのような
程よい緊張感(と言うか、ほとんどないに近い、緊張感。笑)と
たくさんのふざけ合いと
溢れる思いやり
のような
等身大の自分に合った生活には
程遠かったんじゃないかな、
なんて思ったりしました。
それにしても
Facebook、
ここまで機能がたくさん盛り込まれていると
便利は便利ですが
諸刃の剣と言いますか
私みたいな淡い思い出、くらいなら
可愛いもんですが
『もう逢えないと思っていたあの人、
やけ棒杭に火が…』
なんてことがあるんでは、と
少し怖くなりました。
まぁ、結果として
やっぱり私には
旦那さんじゃないとだめなんだなぁ
と確信が深まり
本当に
自分を選び、運命を共にしてくれている
旦那さんに感謝です。
ちなみにクローズ前の水槽、
こんなでした↓
