宝塚アーカイブスの、第29,30回目は
「宝塚バウホールの25年〜新しい時代のさきがけ〜」
でした。
(この番組が放送されたのは2004年になります)
宝塚バウホールは昭和53年に開場しました🏫
出演者30名前後、
公演期間は10日から15日、
収容人数は500人という小さな劇場で、
スターのリサイタル、
若手生徒、演出家の活躍の場としてたくさんの作品が上演されています。
「バウ」とは船⛴のへさきという意味で、新しい時代の先駆けになる様に、
との願いが込められて名付けられました。
昭和50年に公演制度が変更され、
大劇場公演が1ヶ月から45日になりました🗓
これは公演期間を延ばすことで、
十分な稽古期間をとり、一本の作品の質を向上させることを狙ったそうです。
しかし、この制度変更により、当時4組だった各組の公演が年3回から2回になりました。
生徒からは色々な役を演じたい、
ファンからは色々な役をする生徒たちの姿をたくさん観たい、という声が上がる様になりました。
そこで新しい劇場が建設される事になり、
宝塚バウホールが開場しました。
この劇場はオーケストラボックスがなく、
観客と舞台が大劇場よりも近い作りになっています。
こけら落としは「ホフマン物語」が上演されました。
この作品はバウホール開場三十周年に月組で、
期間交代で明日海りおさん、青樹泉さん主演で再演されました。
この時のみりおちゃんは研5くらいですね
若手を主役に抜擢するバウホール公演ならではの配役です
バウホールでは新しい試みとして、
海外の名作の翻訳作品の数々が上演されました。
その中には外国人演出家による作品もありました。
人気スターのリサイタルも数多く行われました。
また、近松門左衛門作品や、無法松の一生を原作とした「永遠物語」など、日本ものの中でも実験的な作品が上演されました。
バウホールでは、このような大劇場ではチャレンジ出来ないような作品が上演され、宝塚に常に新しい風を吹き込んでいきました。
永遠物語の主役は角刈り姿。
大劇場でチャレンジするのはハードルが高いでしょうね。。
若い生徒、演出家の修行の場でもありました。
今、活躍している小池修一郎先生も含め、バウホールで当時の若手演出家がデビューを飾り、若い生徒たちと共に新しい感性による作風を築いていきました。
平成10年には、開設20周年を記念して、過去の名作が上演されました。
また、轟悠さんの一人芝居、風花舞さんのダンスリサイタルなど実験的な新しい試みも行われて話題となりました。
バウホール公演は出演者が若手中心なので、
大劇場では台詞がまだつかないような若手の生徒達も、台詞をもらい、
また、出演者も大劇場の半分以下なので出番も多ので、
ファンにとっても応援している生徒の活躍する姿を見る事が出来、
大劇場とはコンセプトの違う作品を上演してくれることはファンにとってもありがたいです💖
本日も最後までお読みいただき、
誠にありがとうございました✨✨✨
