第1話 酒
酒は ARTである。
ボトルの様々な形態、ラベルの美しい色彩、独特の味・・・
全てにおいて芸術的「美」に値する。
酒により喜びは倍になり、
悲しみは半減する。
酒には 人の心を操るバッカスが
宿っているのだろう。
バックカウンターに並ぶ700本のボトル・・・
それらは数百,数千、数え切れないほどの人生を
眺めてきたのだろう~。
人の個性と同じく、
酒も 個性の塊である。酒は人類の英知・・・
人生の伴侶として
一生いい関係で 付き合いたいものだ。
彼らが舞台に上がる時間・・・・・
午後 7時 。
今夜もまた 赤いネオンサインに照らされ、
いっせいに スポットライトの光に浮かびあがる。
第2話 バーテンダー
バーテンダーとは 感性の職業・・・
酒と飲む人との橋渡し役である。
酒をより美味しく、より美しくと願い、
クリスタルのグラスに注ぐ毎日・・・。
背には700本のボトル、
それぞれの個性をうまく引き出すのが 仕事。
この仕事で大切なのは
『優しさ』 である。
酒に対して、 人に対して、
すべてに対しての 優しさ。
美味しいカクテルを創り出すには、
ある種の 「気」が必要である。
自分の精神状態が 不思議な気となって、
手から シェーカーのなかへと伝わる・・・・・
背には 無数の ボトル・・・
様々な 人生・・・
その 生き様が 酒の味。
毎日 、多くの人生に 直接触れている職業
バーテンダー・・・。
これまで幾千,幾万の人生を眺めてきたのだろう~。
カウンター越しの・・人生・・・
甘い夜
苦い夜
喜びの酒・・・・
つらい酒・・・・
私は酒を愛し、人間が好きだ。
そして、この職業に恋してる。
カウンターの内側~
そこが 私の人生~。
アイ・アム・バーテンダー
第3話 ビトウイーン・ザ・シーツの女
かつて 来る度に同じカクテルを頼む女がいた。
彼女は いつも ひとり・・・
そのカクテルの名は、
「ビトウイーン・ザ・シーツ」
ブランデーとラムがベースの ほんのりと甘い
ナイトキャップ・・・。
端正な顔立ち、ロングヘアー、細い指先には赤いマニキュア・・・
その狭間に揺れる カクテルグラス~。
「ビトウイーン・ザ・シーツを ひとりで ヤルなんて~変わったヒトだ」
と、思っていた。
その彼女が 3年ぶりに訪れた。
随分落ち着いた感じになっていた。
初めて見る アップのヘアースタイル・・・。
彼女は 微笑みながら言った、、、
「あのカクテルは、・・・寝たい~・・・のサインだったの~・・・」
と、
私は 多少の動揺を 隠しきれなかった。
彼女のために 久しぶりにシェイクしたカクテルは
『ホワイトレデイー』
「いつからジンが好きになったんですか~?」
「結婚してから・・・・・」
今の 彼女は、・・・『ホワイトレデイー』
その名の通り・・・「貴婦人」と呼ぶに
ふさわしい女性だと思った。
BARには、様々な人生が 交差する~
第4話 雨の日のBAR
午前 2時 ・ ・ ・
外は 雨 ・ ・ ・
赤いネオンサインが ショートしてパチリ、パチリと
点滅している~。
カウンターの上にはストレートグラスが一個。
グラスの中には 琥珀色の液体、マッカランの1964年物、
至高のスコッチウイスキー。
今日の仕事を終えてからの一杯・・・
バーテンダーの至福の時である。
この静寂、かすかな雨音、
その囁きとBGMのJAZZが
微妙に交差する。
私は雨の日が好きだ。
空気に潤いがある。
酒の味もまろやかだ。
雨に濡れた窓・・・
眼下には 車のヘッドライトの煌メキ・・・
濡れた~路面に反射して、
今夜は いちだんと ロマンティック・・・・・。
雨の日の BAR
その空間は 外界とは 切り離されたもの・・・
一人のとき、
愛する人と二人だけのトキを
より 濃密に 感じさせてくれる。
その静寂の空間は サンクチュアリ・・・
人々にとっての、聖域である。
雨の夜は、潤いのある人生を、
可能性のある未知の人生を
感じさせてくれる~
心が濡れる夜・・・
BARは、サンクチュアリ~
第5話 ドライマティーニの掟
初夏の夕暮れ時~
ドライマティー二の 最も美味しい季節・・・。
毎年 、この時期になると 決まって毎日のように、
マティー二を飲みに来る男がいる。
午後7時、
赤いネオンサインに酒がライトアップされる時間・・・、
と、同時にドアを開ける男。
「ミスターマティー二」。
ドライマティー二は カクテルの王者。
旨いマティー二を創るには、
様々な技術、感性が必要である。
それは、バーテンダーの掟。
でも、彼は飲み手の掟を主張する。
彼の言う掟とは・・・
1.夏の夕暮れ時、昼と夜がクロスオーバーする時間に
夕陽を眺めながら飲むこと。
2.食前であること。
3.三口以内で飲むこと。
ひとくちめは、香りを・・・
ふたくちめは、キリッとした喉ごしを・・・
みくちめは、胃に染みわたるその余韻を・・・楽しむべし。
4.五分以内に飲み干すこと。
五分以上放置したマティー二は、
例え世界最高のマティー二といえども、
ただのまずい液体へと化する。
5.例え2杯目が欲しくとも、1杯で我慢すべし・・・。
最高のマティー二は
その1杯に真価がある。。。
以上。。。
P.S
この掟はジンの銘柄、ベルモットの使用法、
グラスの温度等、その他 最高の条件のもとに
創りだされた、最もドライなマティー二を
前提としている。
それ以外のマティー二には、この掟は必要としない。
口にしないのが 掟である~。
以上が ミスターマティー二の掟。
本当に旨い1杯のマティー二は、
その日のビジネスの疲れを サッ、と流し、食欲を駆りたて、
明日への活力を蘇らせる~。
生きている喜びを 1杯の酒に感じとることができる瞬間・・・・・・
今宵も 1杯のドライマティー二を皮切りに
夜の幕開け~である~。
第6話 真夜中のドンペリ
ドン・ぺリ二ヨン・・・・・
世界的に有名なシャンパン。
シャンパンは 祝い酒。
クリスマスばかりに飲むものでもない。
夏のシャンパンは また格別~。
昔、ある女とよくシャンパンを空けたものだ・・・・・
何か ことあるごとにシャンパン、、、
彼女の好きな銘柄は、
「ドン・ぺリ二ヨン」
その当時は、高価なシャンパンの為に
働いているようなものであった。・・・・・
細長いフルートシャンパングラス・・・・・・
立ち昇る細かい泡の数々~~~~~
その美しさに彼女はよく見とれていた~。
細い喉元に流し込まれるシャンパン~
そして、細く可憐で華麗な美しい指・・・
その様子を見ているだけで満足だった。
杯を重ねるごとに、彼女はうっとりと、
そして、恍惚感に 浸っていた~。
この季節になると想い出す、あの日の頃。
午前2時。
今日の仕事も終わり・・・
私は カウンターに冷えたドンペリと
アンティークなバカラのシャンパングラスを2本取り出した。
「シュポッ!」と空く、あの懐かしい音
今日は、真夜中にひとりでドンペリを空けよう~。
しかし、グラスは 2本。
私は 2本のグラスに立ち昇る美しい泡の煌めきを
見つめていた~。
一年のうちで、彼女とシャンパンを交わすのは
今日だけ・・・
なぜならば、今日が彼女の命日なのだから・・・
第7話 恋のX・Y・Z
秋は 別れの季節。。。
外の銀杏並木が色付く頃、
BARにも 秋の気配が漂う~。
午前2時~。
店のネオンサインを消そうとしていた。
と、突然ひとりの女がドアを開けた・・・。
「1杯だけよろしいですか~」
『ええ,』 『何に致しましょう~』
「X・Y・Z・・・」
シェイカーの金属音、
BGMには・・・・レフト・アローン・・・
そして、
ひとりの女~。
それ以外には 何もなかった。
静寂の夜 ・ ・ ・
ひとくちで飲み乾されたカクテルグラス・・・。
1分間の 沈黙。
彼女は 長い髪を掻きあげた~。
そして、ポツリと、
「今日、別れたんです。彼と~・・・」
彼女は軽く微笑み、
サッ、とカウンターを立った。
今日の ラストシェ-キングは 「X・Y・Z」
一日の・・終わりに・・・ふさわしいカクテル~
彼女にとって あの1杯は、
『恋のX・Y・Z』。
BARで始まる恋もあれば、
BARで終わる恋もある~。
1993年 秋。
第8話 黒いラベルのシャンパン
LANSON BLACK LABEL BRUT ・ ・ ・
スタンダードだが 正統派の 辛口フランスシャンパン~
1760年からの歴史をもつ~ 黒いラベルの シャンパン。
このシャンパンにまつわる 思い出。
このシャンパンを 手にとる度に 彼女のことを 思い出す~。
それは ある 寒い夜の 深夜だった、
独りのオンナが BARの扉を開けた、・・・
端整な 美しい顔立ち~ 細くて長身のスタイル~
髪は アップに束ねていた・・・
物憂げな表情、 虚ろなオーラを カラダ中から~ 発していた。
手首には 包帯。
血が じっとりと 滲んでいた。
『ランソンを フルボトルでください・・・』
『かしこまりました』
『苺をいただけますかぁ~』
『はい』
彼女は、フルートシャンパングラスのなかに、
生の 赤い苺をつぶして落とした・・・
シャンパンを注ぐごとに
彼女は ごくごくと 細い喉元に
流し込んでいた~
どうやら のどが渇いてた様子。
あっとゆうまに、一本のシャンパンは 空けられた。
聞くところによると、
彼女は 恋に悩んだ末、
何時間か前に ザックリと、
手首を 剃刀で 切ったらしい~
その悲しみを 血止めの包帯が 物語っていた。
彼女にとって、そのシャンパンは、
想い出の銘柄だった。
彼との 刹那な幸せのひとときの・・・
彼女は シャンパンと苺の赤い色で~
新しい血を 補給したのであろうか~
それから 月日は流れた、、、
そのアイダ 彼女は 様々なアタラシイ愛を 遍歴した~、
手首の疵も 目立たなくなった頃から~
彼女は パッタリと 姿を見せなくなった。
どうしているのだろう~? と、想っていたとき、
風の便りに 聞いた~
やはり 縁が切れなかった、、と、、
肉体は 切り刻む、勇気があっても、
男と女のシガラミを 断ち切るには、
及ばなかったらしい。
その代わり、そのオトコの家庭は、
破滅したらしい~。
恐ろしい、風の便りであった。
そう言えば 、彼女は あの時のシャンパンの 空瓶を、
記念に~とか言って、 持って帰った~
空のシャンパンの空き瓶を 見つめて、
あれから 彼女は 何を考えていたのだろうか~
中身の入ってない、・・・愛・・・
今度、もし、 いつか見えることがあったら~
今度は シャンパンの銘柄が 変わってないことを願いたい。
「ウ”-ウ”クリコ」とかに~、
クリコ未亡人とゆう名のついた、有名なシャンパン~。
こちらは、黄色いラベルである。
男と女は 儚く かつ 難しい~・・・
今宵は 家に帰って、
KRUG でも 飲むこととしよう~!
私の最も好きな お酒のひとつ・・・
なんと奥深い この響き~・・・
~シャンパン~
第9話 壁のワイン画
今夜は 花冷えの 寒い夜~
まだ 店は ノーゲスト・・・
ふと,入り口の横にかけてる 手描きの ワインの墨絵・・を見た・・・
これを M から戴いたのは ちょど4年前の今頃~
彼女とは その前の年に 出逢った~
世界中を 飛び回るデザイナーの 彼女・・・
世界中の ワインも識る 彼女・・・
ある 大きな仕事で この地を 訪れ~
そんな 夜に 初めて 訪れた。。。
独りで 来て~
『何か ワインを 一本~ いただけますか~』
日曜の 夜~ であった・・・
僕が セラーから 取り出したのは、
1969の LEROYの ボーヌ・ロマネ~
ルロアのワインは その品質でも つとに有名・・・
ボーヌ・ロマネ~とは、あの ロマネコンティ~を有する地区のワイン~
ちょうど 成熟の域に達していた この ブルゴーニュ・・・
彼女の 雰囲気に マッチしていた。
彼女は その ワインを 口にして、
『 こんな ワインは 初めて~~~』
と 歓喜していた。。。
その夜は~
彼女との ワイン談義で 華が咲いた~
それ以来の 付き合いである~
彼女は あの ワイン以来、
ワインの 何かに 目覚めたらしい~
今だに~ そこいらのソムリエを 凌ぐほどの
ワイン通~である。
M とは その後 その年の クリスマスに 会ったきり・・・
もう 5年も 前のことである。
でも ワインを通じての 四季折々、季節ごとのやりとりは
いまだに 続いている。
彼女らしい~素敵な お手紙を たくさん戴いた~
イタリアに得意な彼女の お薦めのワインも
たくさん戴いた~
ぼくからは 様々な 1969の生まれ年のシャトー物を・・・
壁に掛けている 『 ワイン画 』の 『 エシェゾー 』は
その中の 一本 である。
やはり その銘柄も ブルゴーニュ・・・
ロマネの畑の 隣村の ふくよかな ワイン・・・
その ワインの画は ある記念の日に
彼女が 描いて 送ってくれた・・・
墨絵のなかの 淡い 赤・・・
その エシェゾーの残りの
実物のワインで 色染めしてくれたらしい~
奥深き ワインの 絵・・・
SAMSARA ARTの 一部~である。
彼女は 今 イタリアに住んでるらしい・・・
デザインとワインを 人生で 極めるために・・・
まだ 独身~ である。
私の 尊敬する女性の ひとりです。