量ではなく、付加価値で勝負しろ。どこぞの安売り居酒屋
キリンホールディングス(HD)傘下のビアレストラン「キリンシティ」が、全国の店舗で提供していた飲み放題プランを終了したという。財布にやさしい飲み放題は庶民の味方だ。自らの商品をたくさん飲んでもらいたいはずの酒類メーカーがいったいなぜ――。そんな疑問をキリンHD役員にぶつけてみると、業界が直面する時代の変化が見えてきた。【毎日新聞経済プレミア】
◇「スロードリンク」を提唱
新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言の解除に伴い6月21日に営業を再開したキリンシティ新宿東口店。24日に店舗を訪れると、アクリル板の設置など感染対策が施された店内で、やや控えめにお酒と会話を楽しむお客さんたちの姿が目に付いた。全国のキリンシティ33店舗で、約40種類のお酒を楽しめる飲み放題プラン(税込み4000~6000円)が、メニューからひっそり消えたのは今年3月のことだ。
「飲み放題パーティープランに代わる新たなプランのご紹介」として、同社ホームページに掲載されたお知らせにはこう書いてある。「『多量飲酒の防止』、『お客様に安心してご飲食いただける環境づくりの強化』、『スロードリンクの推進』の観点から、3月17日以降は、酒類の飲み放題を終了させていただくことといたしました」
「スロードリンク」とは耳慣れないが、キリンシティ広報によると、キリングループが提唱するお酒の楽しみ方の一つで、「量を飲むのではなく人と語らい、食事とともにスマートに心地よく飲む、これからの時代の飲み方」を指すらしい。酒はほどほどに「メインディッシュはあくまで会話」といったところだ。
記者は、大学時代から飲み放題にお世話になってきた。値段を気にせず、自分のペースで好きなだけお酒を楽しめる。ビールやハイボールは外せないが、メニューを見て、普段はあまり飲まない酒を選ぶのも楽しい。「飲む量や飲み方は、消費者に委ねてほしい。なぜ酒類メーカーが自ら酒の消費を抑えるようなことをするのか」。キリンHDの溝内良輔・常務執行役員(CSV担当)を訪ね、そんな疑問をぶつけてみた。
◇世界的に高まる飲酒リスクの意識
「飲み放題は素晴らしいシステムです。食べ物と飲み物込みで会費が一律で幹事も楽。飲み会参加者も好きなだけ飲めて安く上がる」。溝内氏は私の意見に賛同してくれたうえで、こう付け加えた。「でもそれが我々にとってのリスクなんです」。どういうことか。溝内氏が説明してくれたのが、アルコールを巡る世界的な潮流の変化だ。
世界保健機関(WHO)は2013年、がんや糖尿病などの疾患のリスク要因としてアルコールの有害な摂取を挙げ、「有害な飲酒を少なくとも10%削減する」との目標を加盟国に提示した。15年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でも、アルコールの有害な摂取の防止が目標の一つに盛り込まれた。投資家の目も年々厳しくなっており、欧州では酒類メーカーへの投資をやめた年金基金も出てきたという。
飲酒を巡っては、以前から飲酒運転や未成年飲酒、妊婦のアルコール摂取などの問題があり、キリンもこれらの撲滅活動に取り組んできた。しかし溝内氏は「飲酒運転や未成年飲酒など特定の人や特定の行為だけでなく、アルコールが社会的リスクとみなされるようになった」と語る。そこで「すべての人が適切な量の範囲内でお酒をたしなんでいただくように取り組まなければいけない」と、キリンが19年に打ち出したのが「スロードリンク」という考え方だった。
◇「量」ではなく「付加価値」で勝負
だが、「量」が売れなければメーカーだけでなく、お酒を販売する小売店や飲食店も困るはずだ。これに対し、溝内氏は「量を追求するのではなく、しっかりとした付加価値を提供することでもうかる事業をやっていきたい」と語る。
日本のビールメーカーは国内で激烈なシェア争いを繰り広げてきた。しかし、近年では国内市場が縮小する中で若者を中心にアルコール離れが進み、これまでのような安値で量を追求する戦略には限界が見える。スロードリンクは、クラフトビールのような付加価値の高い商品で高い利益を目指す同社の戦略にも合致する。「恥ずかしながらシェア争いみたいなつまらないことをやって、皆さんがたくさんビールを飲んでくれることは都合が悪いことではなかった。ところが、酒を安売りすることは不適切なアルコール消費を増やすリスクにつながり、今では都合の悪いことなんです」
WHOでは「アルコールに安全なレベルはなく、飲まないのが一番」との論調も高まっているといい、溝内氏は世界的に消費が激減したたばこを引き合いに「明日は我が身」と強い危機感を示す。新型コロナによって大人数、長時間の宴会も激減し、日本人のお酒離れに拍車がかかる恐れもある。「コロナで人と人とのつながりの大事さが再認識されていますが、アルコールは適切に消費されれば人々の絆をつくり、社会関係資本の形成に役立つはず」と溝内氏。
コロナ後も見据え、我々消費者も正しいお酒のたしなみ方を考えてみる機会なのかもしれない。


