本日の出没地は名鉄明智駅から
YAOバスで約10分の
岐阜県可児市の旧兼山町エリア。
(名鉄明智駅に行かれる方は新可児からは
ICカードが使えないのでご注意ください)




旧兼山町は平成の大合併で可児市の飛び地と
なってしまったことでもお馴染みですが
そこに美濃金山城跡があります。




美濃金山城は元々は斎藤道三の養子である
斎藤正義による築城で、
元は烏峰城という名称でした。

後に美濃で台頭してきた織田信長が家臣の
森可成を城主として据えたときに
金山城と改称された模様です。

森蘭丸が幼少期を過ごしたことでも知られ、
ミュージアムなどでは森蘭丸を全面に
アピールしています。



見どころは本丸跡からの眺望と破却石垣。





戦国期、ここ金山城は
東美濃拠点の要所でありましたが
関ヶ原の戦い後に破城されました。

戦乱となった際には厄介な存在に
なりうるということで行われた破城。
なおさらその存在感を伺い知ることが出来ます。

今日の兼山はあいにくの雨模様
濡れ落ち葉と石段が滑りやすく
登城に1時間かかってしまいましたが
本丸跡からの眺めはその疲れを癒やしてくれます。