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12年ぶりに嵌まった

第一章

私が赤ん坊の頃、おじいちゃんの膝の上で見ていたのが『力道山の空手チョップ』

おじいちゃんの膝の上で座っていた記憶はあるもののプロレスを見ていたという記憶はない。

ものごころがついて毎週欠かさず見るようになったプロレス中継。これが『日本プロレス』。

博打等による借金だらけの豊登が『日本プロレス』を解雇され米国修行中の猪木を軸に『東京プロレス』を設立、旗揚げするも短い期間で崩壊。猪木は何のお咎めなく『日本プロレス』復帰。

小学生になった時、馬場、吉村、大木、猪木のプロレス以外にもう一つプロレス中継が増えた。

豊登率いる『国際プロレス』、サンダー杉山とのタッグが懐かしい。

月刊漫画『ぼくら』の中に『タイガーマスク』の連載が始まった。

ワールドリーグ戦で猪木が初優勝した時、『馬場さんと闘いたい』という発言をして物議に。

エースクラスの日本人同志が闘うということは全くなかったこの時代だっただけに衝撃的な発言だった。

その一年後、倍賞美津子さんと猪木が結婚。披露宴の数日後、猪木が『日本プロレス』から解雇される。

半年後、『新日本プロレス』設立。旗揚げ。

一年後、『日本プロレス』幹部の不正を理由にジャイアント馬場が辞表を提出。

その後『全日本プロレス』を設立。旗揚げ。

同時期、『日本プロレス』から坂口征二が『新日本プロレス』に移籍。

力道山以来、栄華を究めた『日本プロレス』がエース級選手が大木金太郎だけになり、後に崩壊。

名バイプレーヤー吉村道明は引退。

何の資料もなしに携帯から一気に打ってしまいましたが、その頃の雑誌といったら『月刊ゴング』と『別冊ゴング』それから『東京スポーツ』(名古屋では『中京スポーツ』)。

この新聞、競馬とプロレスとHスケベな記事というませた小学生にとっては夢のような新聞(笑)

うちの親父が大レースの時に研究の為に買って来るのを無断で盗み見。

血湧き肉踊る憧れの新聞でした。

記憶だけですので細かい部分においては間違いがあるかもしれませんが、大目に見といて下さい。

mixiでのマイミクさんの中で同じように昨年からプロレスへの興味が復活されたSさん。昔プロレス者だったPさん。仲良しのOさん、Hさんに喜んでもらえたらなぁ~。とても嬉しいです。

メジャーカードフアンの皆様方には退屈な企画ですがもしよかったら覗いて見て下さい。

いやはや

まだまだ続くぅ

ホント、季節労働者だな。

俺(笑)

ツイッターのノリだ↑

明日は仲秋の名月

つまり『お月見』

だからまだまだ仕事は続くニコニコチョキ

真面目に働いてるよ、ばれさんは(笑)