父は、おなかの中にいるときに
彼の実父を戦争でなくしています。
横須賀港から出港してフィリピンのほうに向かう船で、
魚雷に撃沈され帰らぬ人となったそうです。
その後、実父の兄弟を父親として育ちました。
昨年、完全に退職して
上京してくれる回数が増えた父と
話す機会が多くなり、
父が以前に戸籍上の出生地である横須賀に
行ってきた事を教えてくれました。
その住所には昔何があったかはわからなかったけど、
ちょっと小高い丘で海がよく見えたそうです。
幸せに暮らしてきた父ですが、
一度も会えなかった実父への思いは
ずっと心の中にあったようで、
「あの海の向こうで沈んだんだな~と思ってみてきた」と
ぼそっと言ったまま、
遠くを見ていた70歳の父親を見てぐっときました。
私はお正月に
一年で一番、新しい今日が来たことを強く意識します。
でも、すぐに初心を忘れて日常の中に戻り
「明日は忙しくなりそうでいやだ」などと
明日を待ちわびない日も起きてしまいます
でも
いまここいある今日は、もしかしたら
わが子の顔も見ることができず時代のために亡くなっていった
誰かが生きたかった明日だったのかもしれない。
誰かが、だれかといることを夢見た
明日だったかもしれない。
ここにある日々は
家族や、見知らぬ人の脈々とつながる
心のバトンの結晶であって
一日も欠くことのできない思いの集まりなんだと思います。
最近年を重ねたからでしょうか
血のつながりや家族
そして、この世の中すべてのことを考えることが
多くなりました。
だからこそ、父親がした遠い目がとても心にしみました
毎日が、誰かが生きたかった明日。
思いをつないでくれた明日であるということを
忘れないで日々を大切にできる一年にしたいと思います。