昨日、ついぞの用事で、六甲山西、摩耶山にある麻耶天上寺へ詣でました。
ここは孝徳天皇の勅使で建てられたお釈迦様の生母である摩耶夫人を祀るお寺で、女人高野とも呼ばれています。
安産祈願のお寺なのかな。
いやいや、私は妊娠もしてないし、
そもそもご縁もないし
我が家もワンコ含め妊娠なんてあり得ない🤣
昔、母が幼い頃に、よく連れて行かれたらしく、
霊感を磨くために
行ってみたいと言うので参詣してきた。
昔は、ケーブルカーが戦火で焼けて、戦後はなかったので、歩いて山を登りお寺に行ったそうで、
当時は本堂も何もかも古くてボロくなっていた寺らしかったが、それでも参拝者は多かったみたいた。
それが45年ほど前にほぼ全焼したらしい。
で、移転新築されて現在の状態になった。
生駒山にある私の家からは、山あり谷ありの行程で片道2時間はかかった💦
I日で、車、電車、タクシー、ケーブルカー、ロープウェイと乗り物を駆使して川や海を渡りやっと着いた場所は素晴らしいお寺でした。
新しいせいか仏像の配置が他と違い、その空間と世界観が特徴的で圧倒されました。
雨のせいか平日のせいか、私と母2人しかおらず、本堂でゆっくりさせていただきました。
帰りは寺務所でお坊様に昔のお話しを聞いたりして、母の記憶を整理でき、私はお寺を堪能できました。
曇りなのに淡路島や明石海峡大橋まで見え、観光にきたみたいな場所です。
是非、こちらへ癒しに詣でください。
近隣に休憩場所やお食事するところはないので、
麓か車でなら六甲山ホテルあたりでお食事してから行ってください。
飲み物だけは持参するか駐車場の自販機で買って上がってね。かなり階段多いから💦
山だしね⛰
喉カラカラになったよ😅
家を片付けていた母が
亡くなった父の遺品から
祖母の手紙を見つけた
祖母は母の母親で
父の義母である
父がそんな手紙を持っていたのが
不思議
手紙は
50通くらいの束で
祖母が亡くなる2年前に
書かれた物
その頃
我が家は母が東京へ
働きに行き
家には
父、姉、私だけの一年があった
祖父のやっていた会社が倒産し
祖父が亡くなり
母の兄弟は分裂し
会社を手伝っていた
私の父母は
借金や会社の整理やなど
親戚に見放されて
貧乏と誰も頼れない中
唯一味方だった叔母に連れられて
母は東京に出稼ぎに行った
祖母は
会社の近所にある家で
名ばかりの社長をしている
祖母の穀潰しの末息子と
暮らしていた
はずである
お金がない中たまに私は
祖母に会いに行っていたが
高校生の私なんかに
何もする力もなく
祖母からしたら
楽しくなかったのは
今もよくわかる
そんな時に書かれた
祖母の手紙で
祖母の心情を詳らかに
綴っている
私も久しぶりに見て
2枚で読むのをやめ
そっと母の手元から隠した
祖母にとって
2人の叔父が何より心の頼りだった
私の母は祖母にとっては
都合の良い駒であった
そんな祖母を母は
孝行したのだ
私も祖母は好きだったが
あまり祖母の愛情を得た感触はない
祖母が亡くなる3月前は
一緒に暮らし
たくさんお世話したので
私にはなんの後悔も愛着もない
はずだ…
で、手紙が出てきた
読めないくらいに
筆記で紙いっぱいに書かれている
恨みつらみかなんなのか
私のことも書いていた
大したことじゃないが
あまり心地よい内容ではない
50年生きてきて
いろいろ体験して
思う
ワガママで業が深いと
思っていた祖母にも
それなりの主張があり
彼女なりに必死で
頑張ってきたのだと
なんだか可哀想でもあり
可愛くも思えてきた
その手紙に恨み言が書かれていても
呪われていても
祖母の叫びを
捨てる気にはなれなかった
またそれを隠し持っていた父の
愛憎の混じった心情を
この2人が
私を
そんなには愛していなかったであろう
その証を
受け止めて
しばらくデスクの上に
安置させている
決して全部読むことはないけど
人間の機微を知る
人生の教科書として
興味がなくなり
ポイできるまで
眺めていようかな
家族
それは人の集団の最小単位
人は集まると
いざこざは起きる
ありがたいが
扱いも大変💦
二十歳になる前に
親族が散り
人の裏を知った
思えばこれ以上に辛いこと
そうそうなかったかもしれない😆
祖母を許せる歳になったなぁ
どうも苦手な方の情報が目に入ってきた。友達から削除しても何処からか入ってくる。頼むから私のフィールドで活動しないでほしいと、イライラする。でも魂を成長させなきゃと無理矢理、許そうと努力はするものの、やっぱり許せんな😅
と、珍しく朝ドラおちょやん を見てたら、主人公のチヨが、裏切った旦那とその愛人を見て、
よし私も頑張ろうと言う。
あー、そうだねー。嫌いな人の行動にイライラせんと、私も頑張ったらええんかーと思わされた。
相手さんは、私のことなんて屁とも思わず踏み込んで来る。私だけが不快になるのは馬鹿らしいじゃないか!😅
そしてカレー🍛をつくりながら思う。みんな幸せになれーと。カレー🍛って、人を幸せにするんだねー😊
愚痴!
ホンマもー、男ってなんでやろね。
東梅田、旧泉の広場で
オッさんに声かけられたよ。
お急ぎですか?って…
急いどるねん!
きもいわ!
誰に声かけとんねん。
グレーハウンド柄のブラウス着てんねん。
犬🐶ラブやねん!
人間要らんしな💢
そんな金と暇と体力があるなら
動物愛護や誰かのために使えや!
だいたい私がキョロキョロしてたんは
泉の広場に居るという噂の赤い服の女を
探してたんや。
生きたオッさんなんか用ないんや。
残念ながら、
私は雌犬ラブ❤️なんやー❗️
なんとかならんのか?
このコロナ禍で
安い女買う奴ら!
コロナうつるよね。
どうなん?この状況…
暇だからか、歳を取り死に近くなったからか、心霊にハマっている。最近はスピリチュアルまで関心が出てきた。
以前はバカにしてたというか、目に見えない商売は詐欺だと思ってた。
実際、ばあちゃんとか金かけてたけど幸せにはならんかったしなぁ😁
で今の私が理解したことは
人間には本来目に見えない物をみる能力があること
それは訓練すれば見えるかもしれないこと
開発されていない脳が🧠たくさんあること
魂というものが有り、魂は体の中にはなく、その人の上にあり普通それは次元が違うところにあるのでこと意識できない
それを意識するためには、瞑想したりする
など。
ざっくりこんな感じ
その昔、巫女なるシャーマンが
元々備わった能力を使い予言や呪術を行ってきたが、とある地域ではシャーマン達は、薬草を飲用したり踊ったり歌ったりして、トランス状態になり、そこに神が宿って怪奇現象を起こしていた。
つまり瞑想やトランス状態にして、脳みそを開化させるのである。
えーと。
つまり歌い踊り描き叫びなどの行為は
神を呼び、素晴らしい能力を発揮させるのである
芸術って、これの延長上にあるんちゃうん?
歌い踊り、の中に自らの魂を探り出し
自らと向き合う。
それは時に苦しく時に楽しく快楽になり
突き詰めて、アートを産む。
いっちゃってる状態になるんだね。
じゃフラメンコ💃って正しくこれだね
魂の踊りとかってよく表現されてるけど
確かに、魂が震えている踊りをみるのは
最高に楽しい🎵
頑張って瞑想とかしなくても踊ってたらいんじゃね?私って幸せな生き方してるんじゃね?という境地に達してしまった。
そういえばフラメンコ💃でもいろいろ苦労したねー。イジメられたり、裏切られたり
お金もかけたし、散財したり
人と関わりながら、
振り付けを作るにも研究や練習を重ねて
ここまできた。
もうそんなしんどいことはやめて
楽しく踊ればいいかー😊
ということで、
4/24 土曜日にカサグロリアさんで
ライブすることになりました。
2部 18時スタート
チャージ3000円
そしてスピリチュアルな空間に
大事なお仲間が一緒にステージにたちます。
その場でしか味わえないステージ
何が起こるかわからないステージ
是非、ご覧いただきたい(^^)
ご予約は、私、ロサまで❤️🌹
こちらのコメント欄にてお声かけください。
宣伝かーい!😆
セビージャでは、ただいまセマナサンタです。
今日は、シレンシオかな。復活かな。
見たいなぁ。このお祭りを🪅
早くセビージャ行きたい!














