5月の20日に放送された、荻原次晴のスポーツブレイクに中田久美さんが出演されていました。
中田久美さんの紹介から始まるんですが、同級生に尾崎豊さんがいたそうです。
バレーを始めたのは中学生。(意外と遅いんですね・・・・8^^;
そして2年生の時、当時全日本の監督だった山田重雄氏の英才教育チーム「LAエンジェルス」に入団
1980年に15歳1ヶ月で全日本代表選手に選出。(今思うと、15歳で全日本とはすごいですね)
ちなみにてめらーコノヤロー事件についての話がありました(^^;あれからもう約5年経つんですね・・・
そしてなぜあの時言ったのかについては
「オリンピックに出場することが目的ではない、五輪でメダルを取るのが目標。オリンピックに出場したから何になる?勝負はこれからだ」
と言っていました。まあそうですよね、五輪でメダルを取るのが目標ですからね
このあと画質があんまり良くないんですが、中田久美さんの若いころの映像が流れてました。
そして中田さんの伝説がフリップにて紹介されていました。
題して、元祖・天才少女、クンちゃんの伝説!
その①
「終わりなき猛練習!コートの床の変色伝説」
中田さんは全日本に入ってセッターに転向したらしく、毎日猛練習をした為、汗でコートが白くなったとか
日立の体育館は桜の木だったらしく、特殊だったんだそうです。
その②
「監督はすべてお見通し!たった1つの赤電話伝説」
赤電話というのは、現在の公衆電話の原型みたいので、合宿所には1つしかないんですが
それが山田監督の部屋の前にあり、そのため常に山田監督が管理していたみたいです。
その③
「これが唯一のお楽しみ!買い食いは禁断のお味伝説」
甘いものとかも禁止らしく、お菓子屋さんがあってそこで食べるのが、楽しみだったそうです。
栄養管理がきちっとしていたので、余分なものを取ることはダメで、中田さんは20発殴られたことも・・・
そして待ってた、イタリアの修行の話へ
なぜイタリアに来たのか?っていう質問に
「日本バレーの足りないところ、良いところ見つけるため、自信にもなる。」
映像は前にニッポンバレーの挑戦・・・とほぼ同じ。
そして中田さんのコメント
「何が優れてると勝てるのかな?って、日本の伝統バレーで固めたら世界からは遅れる、しかしイタリアのバレーが良いからといってそれをそのまま取り入れてはだめ、日本のバレーとイタリアバレーの間を見つけたい」
その後はセッターのコーチをしている中田さんの映像がありました。
そしてヴィチェンツァ対イェージの試合の映像がありましたが
元イタリア代表のリニエーリのスパイクが見られました。久しぶりですね~
このような形でした。この後も少しあるんですが、画質が悪かったので・・・・・m(_ _)m
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