自分の中で、“感覚”的なものが研ぎ澄まされる瞬間。


それは僕にとってポジティブであり、ネガティブである。


最近ときたま思う。感覚が研ぎ澄まされてるときの自分ってやっぱり点取るし、一瞬のキレもある。自分の中で自信もあるし。


でも、そのイメージとのGAPにすごく苦しむときがあって。


この前やった草サッカー。見に来てくれていた友達にちょっと写真&動画をお願いしました。


それをちょっと見返すと・・・


「俺はこんな姿勢でプレーしてるのか?」


とか、


「このときどこ観てるの?」


とか、けっこうげんなりするようなシーンがあって。


自分のイメージや感覚と、実際のシーンとがやっぱり違う。


感覚的に研ぎ澄まされてるんだけど、その中で自分のイメージと現実に起こる具象が違うんだ。


これが苦しい。


まぁ毎度毎度その感覚が研ぎ澄まされる必要はないかもしれないんだけど。「その瞬間を創り出せば良い」というか。



でもこの“感覚の違い”をおそらく他の選手に対してピッチ上で圧倒的に感じるときに才能の違いに圧倒されるんだと最近思った。


これが一つの“差”であるかもしれない。


この現実を突きつけられるのは嫌だ。これも苦しい。逃げたい。ゲンジツトウヒ。


その中で「何ができるか」「何をすべきか」っていうのが今のテーマ。


苦しいけど、踏ん張ってさらなる深みを追求したい。