過去の対戦成績を見ても、エスパニョールはR・マドリーを得意としていた。ましてや、ホーム開幕戦。選手は自信を持っていたし、「食う」勢いを持ってゲームに臨んでいた。
前半。エスパニョールは中盤の厳しいプレッシングでレアルの自由を奪っていた。あれだけ走って、選手間の距離を短くして、厳しい当たりを見舞えばさすがの「新・銀河系」も何もできない。事実、カカーは30分ほどまで何もできずに相当フラストレーションを溜めていたし、ベンゼマも枠内シュートは1本も打たせてもらえなかった。
前線からのプレッシングでパスコースを限定し、中盤にボールが入ったらそこを「ボールの奪いどころ」としてモイセス、ベルドゥ、もしくはCBのパレハが激しくチャージしてボールを奪う。奪ったらタムードを筆頭に前線の選手が素早くスペースを狙う。
ポチェッティーノは試合前の会見では、
「カウンターは狙わない。ボールをポゼッションする、いつもの自分たちの哲学を持ってフットボールを展開するよ」
と言っていたが、実際は「奪ってからいかに早く前に行くか」をテーマにしていたようだ。
レアルの選手は決してコンディションも良くなかったが、飛ばしすぎたツケはエスパニョールに襲いかかる。
前半30分を過ぎたあたりから、前線での限定と中盤でのプレッシングに弛みが見られ始める。カカーがゆうゆう前を向く場面が増えてきた。こうなると世界一流の選手はやっかいな存在になる。自由を得た彼らを、止める術は最早ない。
前半39分、中盤のラインにできた寸隙を、レアルは見逃さない。X・アロンソが狭いGAPに早いタテパス。バイタルエリア付近でボールを受けたグラネロは、巧みなトラップとターンで素早く反転し、マークをはがす。すかさずカカーの気の利いたサポートとワン・ツーが入る。
完全にフリーでDFラインを突破したグラネロは、正確に右足を振り抜いた。
ゴール。レアル先制。
このゴールでレアルは完全に自信を取り戻す。
後半、ポチェッティーノは疲れの見えた中村俊輔、イバン・アロンソに代え、コロとデ・ラ・ペーニャを投入。
この交代は、「タムード―デ・ラ・ペーニャ」のホットラインに一縷の望みを賭けたポチェッティーノの願いを感じさせた。
だがしかし、怪我から復帰したばかりのデ・ラ・ペーニャのコンディションは100%には程遠く、華麗なパスも影をひそめた。
彼が入ったことでもともと守備をしない彼のポジションでスペースが空き始め、レアルが中盤で優位を保ち始める。
前半よりもさらに自由を得たカカーは、「新・銀河系軍団」の名に恥じないパフォーマンスを披露。完全にゲームを司り、「コンダクター」としてレアルの攻撃を組み立てる。彼のキープ力、ドリブル、突破、パスはレアルの攻撃に鮮やかなアクセントをもたらす。
後半32分、左サイドでカカーが突破。ペナルティーエリア内で完全にマークを振り切り、ゴールライン深くまでエスパニョールのDF陣の注意を引きつけると、それを嘲笑うかのように糸を縫うようなマイナスのパスがスルスルとDF陣のGAPを抜けて空いたスペースへ。
そこにフリーで走り込んだグティがこれを難なく蹴り込んだ。GKのカメニはノーチャンスだった。
2-0。
こうなると手のつけられないレアル・マドリー。エスパニョールの新本拠地のお披露目に後半途中から出場した「新・銀河系軍団」の大目玉、C・ロナウドが右サイドのオープンスペースに大きく開く。そこを見逃さずにカカーがボールを配給。完全にフリーで抜け出したロナウドは一気に加速。GKと1対1、角度のないところからカメニの股を抜いてゴールを奪った。
3-0。勝負あり。
「新・銀河系軍団」強し。レアルの完勝。
―中村俊輔評―
この日の俊輔は「良くもなく、悪くもなく」という印象。
地元紙の評価では最低点をつける趣もあったが、「11分の1」としての役割は十分果たしていたようには思う。
ただ、彼はあくまで新加入選手であり、外国人なのである。「もっと活躍してくれないと困る」というのが地元の声の本音だろう。「11分の1」では不足なのだ。それならば、もっと安いスペイン人やカンテラ上がりの選手を起用すれば事足りる。
〈プレースキック〉
やはり光明を見出すとすればプレースキックか。彼のプレースキックの質は、ひいき目なしにもワールドクラスだと、僕は思う。現に、この日レアルのゴールを脅かした数少ないチャンスは、俊輔のFKでファーサイドのフリーになっていたモイセスがヘディングで中に折り返し、あと一歩届けばゴール、というものだった。あれほどフリーの選手にピンポイントで合わせられる選手はリーガ・エスパニョーラにもそれほど多くない。
〈走りすぎてしまう汗かき役〉
少し厳しい見方をすれば、俊輔は走りすぎだ。今の彼を見ていると、とても典型的な「アジアの良い選手」という印象に止まる。技術があり、賢く、勤勉。要は、戦術理解度が高く、戦術に沿ったプレッシングはそつなくこなすし、ボールポゼッションもそつなくパス回しに加われる。そのためならピッチを奔走することも厭わないし、その献身性は確かに一つの評価にはつながる。
このタイプで成功した選手でもっとも典型的なのがパク・チソンだ。彼ほどのスタミナと戦術理解度でマンUのプレッシングのリードオフマンになれる選手はやはり貴重だ。だがしかし、それはプレミアリーグにおけるマンUでの評価に限れば、だ。
さらに、俊輔は元来この手のタイプではない。このプレースタイルでパク・チソンのパフォーマンスを超えることもほぼ不可能であろう。それはもちろん彼も、周りも分かっている事実である。
また、リーガ・エスパニョーラはこういったフットボールを求めていないし、それはエスパニョールにも同様だ。
需要も、供給も一致しないのである。
〈だからこその迷い〉
「自分がやりたいことを味方がやって、自分は労を惜しまないで走る、みたいになってる。ちょっと、この先どうしようかな、という感じ。」
これは俊輔のこの試合後のコメントであるが、自身もわかっている通り、それは彼のプレースタイルでもないし、チームが求めていることでもない。もちろんこの日の相手はレアル・マドリーだったため、「普通」ではないことが多く起りすぎたとは思う。並大抵じゃない個の力、圧倒的なチーム力の差、どうしようもできないゲーム展開・・・
〈俊輔に突き付けられた現実とその狭間での葛藤〉
「本当なら(中盤の中央の)ベルドゥのポジションをやりたいんだけど。自分のキャラクターを変える必要はないし、これからどうしようかという感じ。本当に悩んだら監督に聞くけど」
これもまた試合後の彼のコメントであるが、現実的には、彼のパフォーマンスではリーガ・エスパニョーラでは中盤の中央のポジションをレギュラーポジションとして確約できない。
厳しいようかもしれないが、彼はデ・ラ・ペーニャやベルドゥより劣っている、と僕は思う。
バルセロナ在籍時に「クライフに認められた」才能を持つデ・ラ・ペーニャほどのパスセンスは持ち合わせていない。現に彼はその一瞬の閃きで何度もエスパニョールの窮地を救ってきた。その映像が脳裏に焼き付いているエスパニョールのファンの信頼は厚い。
ベルドゥは昨季デポルティボで10番を背負った「スペイン型ブレイン」。彼の頭脳、ゲームを読む力、空間把握能力はゲームの要所要所で力を発揮。ここ、という場面でスペースを潰し相手の攻撃を寸断できるし、ボールポゼッションの際も簡単にはボールを失わない。
俊輔自身はもちろん自分に自信を持っているだろうし、自分を出せれば彼らに負けないと思っているだろうが、そのポジションでの彼らとの勝負はやはり分が悪い、というのが大方の見方だ。
それが実際形になっているから、俊輔は中盤の中央でプレーさせられていない。
〈結果〉
今の俊輔に求められているのは、紛れもなく「結果」だ。それも、目に見える形での。それは本人も重々承知しているであろう。チームが彼に今求めているのは、プレースキックや正確なキックによるアシストであり、ゴールであり、それ以外の何物でもない。そういった彼の「武器」で自分自身の存在価値を存分に見せられれば、周囲の評価も移り変わり、彼の本当にやりたいことを自由にやらせてもらえる日も訪れる可能性はある。